ロル・コックスヒルは2012年に亡くなるまで60年近く第一線で活躍したサックス奏者です。そのフリー・インプロビゼーションを主体とした活動はジャズはもとよりケヴィン・エアーズのホール・ワールドから、突然段ボールとの共演まで実に多岐にわたっています。

 そんなコックスヒルの初めてのリーダー・アルバムが1971年の本作品「イヤー・オブ・ザ・ビーホールダー」です。この時のコックスヒルはすでに30代の終わりで、アメリカでの武者修行からエアーズのホール・ワールドまで、かなりのキャリアを積んでいました。

 そんなコックスヒルのことですから、スタジオにミュージシャンを集めてばりばり演奏してアルバムを作ることもできたでしょうが、本作品は1970年7月から1971年1月にかけて採録されたさまざまな音源を寄せ集めたアルバムになっています。実に彼らしいです。

 本人によってアルバムが紹介された後、まず出てくる曲「ハンガーフォード」ではロンドンのチャリング・クロスにある鉄橋の上でコックスヒルがサックスを演奏しています。当然、列車の音も収録されています。「ピカデリー」を始め、こうした路上演奏ものが結構あります。

 中には「ズーロジカル・ファン」のように楽器を使わず、動物園で亀とそれを見ている人の様子を録音したものや、行き会った子どもたちに歌ってもらった曲もあります。「子供たちの会話~マンゴー・ウォーク」がそれです。子供たちの歌声がかわいらしいです。

 子供はもう一曲あります。ビートルズの「アイ・アム・ザ・ウォーラス」をしっかりフルコーラスで4人の子どもと先生が歌います。ここではコックスヒルはマラカスとフルートを少し弾いているだけです。いかにも自由なつくりのアルバムであることが分かるというものです。

 この他にはピアノのデヴィッド・ベドフォードや、マイク・オールドフィールド、ロバート・ワイアットなどカンタベリー周辺のミュージシャンとのコレボレーションもあります。ブラジル風の曲や1930年代風の曲と曲調も多彩です。まるでこだわりがありません。

 大曲もあります。ユトレヒトで行われたカルテットによる即興演奏です。C面全部を使った白熱した演奏ですけれども、いかんせん録音状態は万全とはいいがたいです。全体に家庭用カセット・レコーダーでの収録が中心だと言われれば納得できる音質です。

 そもそもこんなアルバムがどうして世に出たのかといいますと、仕掛け人は英国のカリスマDJジョン・ピールです。彼が1969年に立ち上げたレーベル、ダンデライオンから本作品を発売しました。このレーベルは「売れない、いい作品」がコンセプトでした。

 それを知ると本作品にも得心がいきます。確かに売れそうにないけれども、こうして末永く愛聴されているわけですから、いい作品には違いありません。流していると気分がすっきりしてきます。それはやはり自由だから、ということに尽きます。2枚組もちょうどよい長さです。

 今ならばネットで音源を次々に発表していくところかもしれませんが、こうしてアルバムとしてまとめること、さらに作品として物理媒体に残しておくことは埋もれてしまわないために大変重要なことだなと思いました。変った作品ですけれども、後世に残る作品です。

Ear Of The Beholder / Lol Coxhill (1971 Dandelion)



Songs:
(disc one)
01. Introduction はじめに
02. Hungerford
03. Deviation Dance 逸脱の踊り
04. Two Little Pigeons 二羽のハト
05. Don Alfonso
06. Open Piccadilly
07. Fedback
08. Vorblifa-Exit
09. Insensates
10. Conversation / Mango Walk 子供たちの会話~マンゴー・ウォーク
11. Piccadilly With Goofs
(disc two)
01. Rasa-Moods
02. A Collective Improvisation
03. I Am The Walrus
04. The Rhythmic Hooter
05. Loverman
06. Zoological Fun
07. Little Triple One Shot
08. That's Why Darkies Were Born こうして暗闇は生まれた
09. A Series Of Superbly Played Mellotron Codas メロトロンによる完全終章
(bonus)
10. Pretty Little Girl Part-1
11. Pretty Little Girl Part-2
12. Mood
13. Sonny Boy / Oh Mein Papa

Personnel:
Lol Coxhill : tenor sax, soprano sax, maraccas, flute
***
David Bedford : piano, organ
Ted Speight : guitar
Pierre Courbois : drums
Jasper Van'thof : piano
Burton Greene : piano
Dave Dufort
Kirwin Dear
Mike Oldfield
Robert Wyatt
Claire, Simon, Maddie, Loo, Katie Robertson : vocal
Children from Ashby Mill School