やや特殊なアルバムです。マイルス・デイヴィスは1970年8月29日に英国南部のワイト島で開催された第三回ワイト島音楽祭に出演しました。このフェスはとにかく出演者が豪華でしたし、ドキュメンタリー映画にもなった伝説の野外音楽フェスティバルです。

 このフェスで、マイルスはジョニ・ミッチェルの後にステージに上がりました。彼の後は、テン・イヤーズ・アフター、エマーソン・レイク&パーマー、ドアーズ、ザ・フー、メラニー、スライ&ザ・ファミリー・ストーンへと続いていきます。マイルスの異質ぶりが際立ちます。

 このフェスは5日間にわたって行われており、最も有名なジミ・ヘンドリックスは30日の深夜でした。ウッドストックの翌年でしたし、第一回はこちらの方が早いというプライドもあったのでしょう、60万人とも言われる観客を動員した盛大なフェスになりました。

 フェスの模様は1971年8月に3枚組のLPとして発表されました。アトランタ・ポップ・フェスとのカップリングという不思議な仕様でしたが、このアルバムの最後に17分半に及ぶマイルスの演奏が「コール・イット・エニイシング」という曲名で収録されました。

 その後、映像も発表され、参加したザ・フーやジミヘン、EL&Pなどはそのパフォーマンスを単独ライヴ作品として続々発表していきます。マイルスもその例に漏れず、まずは映像作品として30分あまりのライヴが丸ごと発表されています。

 本作品は2009年11月に発表されたマイルスのコロンビアでのアルバムを網羅した一大コレクションの1枚で、何とこれがパフォーマンス全体を網羅した初めてのオーディオ作品となります。すでにアルバムはいくつか出ているのですが、そちらは非公式ということですね。

 ここでのマイルスのバンドは7人組です。チック・コリア、キース・ジャレット、デイヴ・ホランド、ジャック・ディジョネット、アイアート・モレイラというお馴染みの5人に加え、サックスにはスティーヴ・グロスマンに代わってゲイリー・バーツが加わりました。

 このステージには35万人とも言われる観客が集まっており、「そんなに多くの客を前に演奏するのは、あの時が初めてだった」マイルスですが、「オレの音楽は、パーカッションとリズムが大きな要素になっていたが、みんな気に入ったようだった」とご満悦です。

 観客のほとんどはロック目当てでしょうから、いわばアウェイの中で熱演を繰り広げ、その心をつかんだわけですから凄いものです。演奏はさすがにいつもよりロック的です。とりわけ、ディジョネットのドラムがロックっぽい。かっこいいことこの上ありません。

 メンバーも興奮したことでしょう、聴きどころが多いです。ジャレットのオルガンやモレイラの何を使っているのか分からないパーカッションとか。これほどロック的なマイルスも面白いものです。この時期の一連のロック会場での演奏の中でも際立っているように思います。

 残念なのはこの後マイルスとジミヘンが一緒に作品を作る打ち合わせをすることになっていたのにすれ違ってしまったことです。仕切り直しもジミの突然の死が不可能にしてしまいました。このマイルスとジミと作品は是非とも聴いてみたかった。本当に残念です。

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

Isle of Wight / Miles Davis (2009 Columbia)



Songs:
01. Directions
02. Bitches Brew
03. It's About That Time
04. Sanctuary
05. Spanish Key
06. The Theme

Personnel:
Miles David : trumpet
Gary Bartz : soprano sax, alto sax
Chick Corea : piano
Keith Jarrett : organ
Dave Holland : bass
Jack DeJohnette : drums
Airto Moreira : percussion