3年ぶりのデヴィッド・バーンのアルバム「グロウン・バックワーズ」です。なんだかんだと極めて順調な活動をしているバーンです。前作と本作の間にトーキング・ヘッズがロックの殿堂入りを果たしました。いつまでもヘッズのことを言われることにやや不満げなバーンです。

 本作品でまず目をひくのは2曲のオペラ曲です。バーンはこのアルバムで、ビゼーの「真珠採り」から「聖なる神殿の奥深く」、もう一曲はヴェルディの「椿姫」からの「幸福なある日」を歌っています。オペラ声ではないので安心してください。

 もともとバーンは映画のサントラを頼まれた際にオペラ曲を使うことを提案したのですが、これは映画製作者に却下されました。それでもバーンはそのアイデアをとにかく形にしてみようと「聖なる神殿の奥深く」をルーファス・ウェインライトとデュエットすることにしました。

 結果は、本人たちが予期していた以上に美しいものでした。バーンは面白いことを言っています。歌手は自分の強い感情を歌うことで表現するとされているが、実は歌こそが感情を引き出すてこになるのではないか。このオペラ曲は実際にそのてこになりました。

 さらにそれまでのバーンならばやらなかったであろう曲作りを行う契機にもなりました。バーンの作品はトーキング・ヘッズも含めてキレキレのリズムが特徴的でしたし、多くの場合まずはリズム主体のベーシック・トラックを作り上げてから歌にとりかかっていました。

 ところが本作品ではまずメロディーから始めています。テープレコーダーを持ち歩き、思いついた時に鼻歌で記録していったのだそうです。さらに楽曲の多くはドラム・セットを使っていません。ごりごりのリズム主体の曲はほとんどありません。

 その結果、このアルバムはバーンの作品としては最もメロディアスで、落ち着いたサウンドで満たされた穏やかなアルバムになりました。もちろん、ラテンやアフリカやエレクトロニクスやらさまざまな試みのエッセンスは詰まっており、大変に豊かなサウンドです。

 共演しているアーティストはオペラをデュエットしたルーファスを筆頭にかなりの人数に及びます。その中にはモーチーバのゴッドフリー兄弟の名前も確認できますし、カーラ・ブレイがアレンジをしている曲では、カレン・マントラ―やルー・ソロフが演奏しています。

 大きな役割を果たしているのは2001年から2005年までバーンのツアーに参加していたトスカ・ストリングスです。1990年代後半にテキサスで活躍していたトスカ・タンゴ・オーケストラから派生したストリングスで、クラシックもポピュラーもどちらも対応できるユニットです。

 このストリングスがすばらしいです。クラシック過ぎるわけでもなく、ロックにすり寄るでもなく、ちょうどよい加減に曲を美しく彩っています。いつも以上に落ち着いたバーンのボーカルと寄り添い合って、豊穣の海が訪れてくるようです。

 本当に豊かな気持ちになるアルバムです。「本当に伝統的な作曲の仕方、いわばオペラ的作曲で、それまで避けてきた手法だったけれども、やってみた」と満足げなバーンです。ルネッサンス・マンは見事に文芸復興を果たしたのでありました。

Grown Backwards / David Byrne (2004 Nonsuch)



Songs:
01. Glass, Concrete & Stone
02. The Man Who Loved Beer
03. Au Fond du Temple Saint 聖なる神殿の奥深く
04. Empire
05. Tiny Apocalypse
06. She Only Sleeps
07. Dialog Box
08. The Other Side Of This Life
09. Why
10. Pirates
11. Civilization
12. Astronaut
13. Glad
14. Un Di Felice, Eterea 幸福なある日
(bonus)
15. Lazy

Personnel:
David Byrne : vocal, guitar, dobro, piano
***
Rufus Wainwright : vocal
Barry Burns : guitar, piano
Paul Frazier, Steve Swallow, Una McGlone, Andy Waterworth, John Patitucci : bass
Stephen Barber : prepared piano
Ross Godfrey, Jon Spurney : keyboards
Karen Mantler : organ
Jon Vercesi : piano
Paul Godfrey : sequencing
Mauro Refosco : marimba, percussion
Tom Burritt : marimba, tympani
Joe Cooper : percussion
David Hilliard : high hat
Johnny Quinn, Steve Williams, Kenny Wollesen : drums
Vincent Herring : alto sax
Alex Foster : tenor sax
Gary Smulyan, John Mills : baritone sax
Earl Gardner, Lew Soloff : trumpet
John Mills : clarinet, bass clarinet, flute
Mark Nuccio : clarinet
Freddie Mendoza : trombone, euhpnium
Ray Anderson, Keith O'Quinn, Jon Blondell : trombone
Bob Routch, Philip Myers : French horn
Shelley Woodworth : oboe, English horn
Bob Stewart : tuba
Mike Maddox, John Linnell : accordion
Alan Ford : vacuum cleaner
Lisa Aferiat, Greg Lawson, Fiona Stephen, Sandra Park, Sharon Yamada, Soo Hyun Kwon, Katherine Fong : violin
Georgia Boyd, Dawn Hannay, David Creswell : viola
Jane Scarpanton, Donald Gillan, Robert Irvine, Alan Stepansky, Jeremy Turner : cello
Elaine Barbaer : harp
Pamelia Kurstin : theremin
The Tosca Strings
(Leigh Mahoney, Tracy Seeger, Jamie Desautels : violin
Ames Asbell : viola
Sara Nelson, Douglas Harvey : cello)