プログレッシブ・ロックの全盛期は1970年代です。その頃には英国のみならずヨーロッパ大陸諸国でも数多くのプログレ・バンドが登場しました。フランスも例外ではなく、アンジュやマグマ、そしてこのアトールなどが活躍しています。

 本作品はアトールの代表作「組曲『夢魔』」です。発表は1975年で、1979年にはキング・ヨーロピアン・ロック・コレクションの一部として本邦でも国内発売されています。この作品はことのほか人気があり、その後も何度も日本国内で再発されています。

 アルバム・タイトルになった「夢魔」は、夢の中に現れて人を苦しませる悪魔のことです。分かりやすいところでは、「エルム街の悪夢」のフレディーがそこに該当します。ただし、一般的にはフレディーよりも、より中世的なイメージをあてはめた方がよいかもしれません。

 「組曲『夢魔』」は本作品のB面全体を占める一大叙事詩でもあります。てっきり、私は悪魔のことを歌っているものだとばかり思っていましたけれども、実際には原題を直訳すると「邪悪な蜘蛛」です。ジャケットにもインナー・スリーヴにも描かれているのは蜘蛛です。

 歌詞は響き優先ということですし、夢魔とは関係なさそうです。しかし、この邦題はなかなか素晴らしいです。冴えわたっていると言ってよいでしょう。アトールの本作品が日本でやたらと人気があるのはこの邦題のおかげであるとも云えます。

 私もかつてヨーロピアン・ロック・コレクションが発売された時に、シリーズの中で一枚くらい買ってみようかと思い立ち、ジャケットと邦題で本作品を選んだものです。いずれも初耳のバンドばかりでしたから、その中で選ぶとなるとタイトルは大きな要素になります。

 この頃のアトールは叙情派のアンジュや暗黒派のマグマとは少し異なり、ジャズ・ロック的な要素をふんだんに盛り込んだアンサンブルで聴かせるバンドです。当時のキング・レコードは彼らのことを「フランスのイエス」として売り出していました。

 バンドではバイオリニストのリシャール・オベールが大活躍していますから、キング・クリムゾン的な感じもします。さらにはソフト・マシーン的なジャズ・ロックの雰囲気もあります。どこからどう聴いてもプログレッシブ・ロックであることは間違いありません。

 本場イギリスのバンドに比べると、よりピュアにプログレの理想を追い求めており、プログレらしさがてんこ盛りになっています。組曲仕立てもある複雑な楽曲構成、精緻な楽器のアンサンブル、キーボードやバイオリンによる音の壁、ドラマチックなボーカル。

 ことに「組曲『夢魔』」は4部に分かれ、さらにそれぞれに副題まで添えられています。たとえば最初の「思考時間」には「謎の暗闇/透明な湖上にて」などとなっています。緩急をとりまぜた緊張感あふれる組曲にはアトールのすべてが詰まっているかのようです。

 やや捉えどころがないアルバムのようにも思うのですが、私はこのアルバムを何度も買い直しています。それほどのめり込んだわけでもないのにどうにも気になる。そんなアルバムです。ジャケットと邦題の魔力に魅入られているのかもしれません。

L'Araignée-Mal / Atoll (1975 Musea)

*2011年10月9日の記事を書き直しました。



Songs:
01. Le Photographe Exorciste 悪魔払いのフォトグラファー
02. Cazotte N° 1
03. Le Voleur D'Extase 恍惚の盗人
L'Araignée-Mal 組曲「夢魔」
04. Imaginez Le Temps 思考時間
05. L'Araignée-Mal 夢魔
06. Les Robots Débiles 狂った操り人形
07. Le Cimetière De Plastique プラスチックの墓碑
(bonus)
08. Cazotte N° 1 (live)

Personnel:
Michel Taillet : keyboards, chorus, percussion
Richard Aubert : violin
André Balzer : vocal, percussion
Jean-Luc Thillot : bass, vocal
Christian Béya : guitar
Alain Gozzo : drums, percussion, chorus
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Bruno Géhin : synthesizer, piano, mellotron