ディセクティング・テーブルとは解剖台のことです。ロートレアモンの言葉「解剖台の上でのミシンと雨傘の出会い」を思い出しますが、つい最近、心臓の手術をしたばかりの私にとっては、あの手術室の光景がまざまざと浮かんで戦慄が走ります。

 しかもアルバムのタイトルは「グローピング・イン・ザ・ダーク」です。暗闇で手探りしているイメージは麻酔で落ちていく瞬間を思わせます。そんなわけで私は本作品の聴衆としてはパーフェクトではないでしょうか。十分過ぎるくらい背筋が凍りました。

 ディセクティング・テーブルは辻一郎のプロジェクトです。プロフィールによると、辻は「1966年生まれ、広島県出身のノイズ/インダストリアル・ミュージシャン」です。ディセクティング・テーブルの前には広島の愚鈍-GUDON-の初代ボーカリストでした。

 このユニットは1986年にスタートしており、自身のレーベルUPDオーガニゼーションを始め、世界各国のレーベルから膨大な作品を発表しています。ノイズの世界には国境がありません。そのネットワークには何だかとても暖かいものを感じます。

 本作品も辻が自分のUPDスタジオで1998年から2000年にかけて録音した音源をサンフランシスコにてゲンチ・スタジオことトーマス・ディミュジオがマスタリングしています。トーマスは1980年代から活躍するアーティストでヘンリー・カウなどとも関係が深い人です。

 ディセクティング・テーブルの活動は今や「USB接続デバイスから出力されるPWM信号や、独自のシンセサイザー・システム」で作品を制作していますが、2002年に発表された本作ではまだグラインドコアとノイズミュージックを融合させた作風です。

 グラインドコアはウィキペディアによると「ハードコア・パンクから派生したジャンルの一つ。デスメタルの重厚さとファストコアの速さを融合させた」音楽ジャンルです。超高速ビートでディストーションをきかせまくったハードコアなメタルということでしょうか。

 12枚目のCDだという本作品も辻は一人で仕上げている模様です。ノイズ系ではありますけれども、基本的にはドラムがビートを刻み、デス声が咆哮し、歪んだギターないしキーボードのサウンドが威嚇するバンド・サウンドだけにソロだとすると驚きです。

 辻は1998年から故郷の広島に戻って活動しており、この作品は広島凱旋直後のものといえます。シンセとサンプラーをシークエンサーでコントロールしてサウンドを作っているようですから、このドラムも生音ではないんですかね。見事なものです。

 とはいえ、サウンド自体は私とほぼ同年代ということもあるのか、とても耳にしっくりきます。安心して聴けるノイズ系ハードコア・サウンドというのも語義矛盾のようですが、ノイズが刺激するツボのようなものがあって、そこをきっちりと押してくれている感じです。

 アートワークも辻が手掛けており、これまたイメージ通りです。生物系と機械系がありますが、辻は機械系のようです。インダストリアルな廃墟のイメージが漂うアートワークもかっこいいです。多作な人なので全貌を把握するのは困難ですが、注目したい人です。

Groping In The Dark / Dissecting Table (2002 UPD Organization)



Songs:
01. Preparation For Death
02. Root Of Evil
03. Psychology
04. Possibility
05. Purification
06. Unknown Despair
07. Shelter From Nuclear Weapon
08. Remuneration Of Corpse
09. Blood Flowing Backward
10. New Formation

Personnel:
辻一郎