1970年3月7日にニューヨークのフィルモア・イーストで行われたマイルス・デイヴィス・セクステットのライヴを収録した二枚組アルバムです。ブートレグでは有名だった模様ですが、正式にCBSから発表されたのは2001年のことです。30年目のお目見えです。

 フィルモアといえばイーストもウェストもロックの殿堂です。ライヴ録音に最適だったことから、数多くのライヴ盤が残されています。最も有名なものはもちろんオールマン・ブラザーズ・バンドの伝説のライヴではないでしょうか。後に6枚組まで出ましたから。

 それはともかく、ジャズの帝王であるマイルスはこの時期フィルモア・イースト及びウェストにたびたび現れていています。いつものオーディエンスと異なるわけですが、エレクトリック・マイルスにとってはこちらの方がやりやすかったのかもしれません。

 とはいえ、3組のアーティストが一日に2回ずつ公演するフィルモア方式で、この日のマイルスの対バンはスティーヴ・ミラー・バンド及びニール・ヤングとクレイジー・ホースの二組でした。いずれ劣らぬ人気者ですが、マイルスに比べればまだまだ若い。

 しかもスティーヴ・ミラーは「ジョーカー」でブレイクする前の渋いブルース時代ですし、ニール・ヤングも名盤「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」発表前です。この二つのバンドを目当てに来た客に向かってエレクトリック・マイルスが怒涛の演奏を繰り広げる。凄い話です。

 この時のマイルスはといえば、ロック・ファンにもすそ野を広げた大ヒット作「ビッチェズ・ブリュー」を完成させていたものの、まだ発売に至っていません。ただでさえジャズに疎い観客は「カインド・オブ・ブルー」的なジャズを予想していたに違いありません。

 そこに投下されたのはこの時点ではだれも聴いたことがないようなファンク魂あふれる力強いフュージョン・サウンドです。聴衆の反応は若干戸惑っているといえば戸惑っているのですけれども、圧倒されている様子が何となく伺えます。私も驚きたかったですね。

 メンバーで特筆されるのはウェイン・ショーターです。長年マイルス門下にいたショーターはこのライヴの少し後にマイルスの元を去ります。その意味ではとても貴重な演奏です。最後らしくソプラノとテナーのサックスを手にばりばり吹きまくっています。

 フェンダー・ローズ・ピアノはチック・コリア、アコースティックとエレクトリック双方のベースはデイヴ・ホランド、ドラムはジャック・デジョネット、パーカッションにはブラジルのアイアート・モレイラ、ここにマイルスを加えて6人組、セクステットです。

 同日の2回のセットが録音されており、どちらも音がぎっしりと詰まったテンションの高いライヴです。ベースとフェンダー・ローズの響きがドローンのように隙間を埋めています。デジョネットはドラムを叩きっぱなしですし、マイルスもいつもより音が多い気がします。

 「ビッチェズ・ブリュー」よりも小さな編成ですけれども、ロックの聴衆に届けとばかりに全員で音を出しまくっている風情が素敵です。同じようなテンションで小一時間、それが二回。この時期のマイルスが好きな人にとっては本当に待望のアルバムだったことがよく分かります。

Live At The Fillmore East (March 7, 1970) / Miles Davis (2001 Columbia)



Songs:
(disc one)
01. Directions
02. Spanish Key
03. Masqualero
04. It's About That Time / The Theme
(disc two)
01. Directions
02. Miles Runs The Voodoo Down
03. Bitches Brew
04. Spanish Key
05. It's About That Time / Willie Nelson

Personnel:
Miles Davis : trumpet
Wayne Shorter : soprano sax, tenor sax
Chick Corea : piano
Dave Holland : bass
Jack DeJohnette : drums
Airto Moreira : percussion