レコード会社が横やりを入れたおかげで失敗作が誕生するという話が大好きなのは何も私だけではないでしょう。音楽ファンの多くは大資本とアーティストの相克が大好物です。その場合、コマーシャリズムの大資本は当然悪役の立場に立つことになります。

 実際にはそんなに単純な話ではないでしょう。レコード会社の人のアドバイスに従って傑作を生むこともあるでしょうし、失敗作の原因をレコード会社に不当に押し付けることもあるでしょう。その意味では過剰に反応しているのかもしれませんね。

 チープ・トリックの9作目のスタジオ・アルバム「ザ・ドクター」はまさにそのステレオタイプがあてはまる作品です。前作はトップ40ヒットとなりましたが、それでは満足できないレーベルはチープ・トリックにヒット作を作るようプレッシャーをかけたと言われています。

 しぶしぶながらレーベルの意見を入れて、ことさらにヒットを狙って制作された本作品は、結果的にはデビュー作を除けばこれまでで最もチャート・ポジションが低い結果に終わりました。もう私としては大好きな展開です。自由を縛るとろくなことがない。

 レーベルの介入の最たるものは、ヨーロッパでシングル・カットされたという「キス・ミー・レッド」です。ビリー・スタインバーグとトム・ケリーのデュオが1984年に発表した曲のカバーで、レーベル側はヒットを確信していた模様です。そうはいきませんでしたが。

 この曲はティーンのアイドル、ロビン・ザンダーのファンに対するサービスといった趣きです。日本の歌謡界では普通のことですけれども、これをロック・バンドにやっちゃいかんだろうと誰しも思います。アメリカはアイドル後進国ですからしょうがありません。

 今回のプロデューサーは前作で最後の仕上げをしたトニー・プラットです。これもレーベルの意向かもしれません。彼のプロデュースでまず目につくのはドラムのサウンドです。パワー・ステーションの名前と共に記憶している80年代のしゃばしゃばしたサウンドです。

 この辺にもヒット狙いが見え隠れします。ぶっといこん棒でドラムを叩くバーニー・カルロスにとってはこれも不本意だったようです。それと全体をシャワシャワ覆うシンセサイザーのサウンド。これも明らかにヒット狙いでしょうね。プログラミングはプラットですし。

 ただ、どちらも新鮮味が薄れており、世間はこれに少し食傷気味の頃ではなかったかと思います。レーベルが下手に手を加えるとこういうことになる。だから、いわんこっちゃない、と言いたくなります。絵にかいたような失敗例のように思ってしまいます。

 しかし、そこは転んでもチープ・トリックです。そんなに酷いアルバムであるわけがない。曲は相変わらずキャッチーですし、ひねりのきいたセンスあふれる曲名をみているだけで嬉しくなります。「イッツ・オンリー・ラヴ」のような際立った曲もあります。

 大きく再評価されることはないかもしれませんが、時が経って余計な物語がほぼ無効になった今、ひっそりと楽しむには良いアルバムなんではないでしょうか。チープ・トリックの作品でまだ聴いてないアルバムがあったと思って聴くと案外いいものですよ。

The Doctor / Cheap Trick (1986 Epic)



Songs:
01. It's Up To You
02. Rearview Mirror Romance
03. The Doctor
04. Are You Lonely Tonight
05. Name Of The Game
06. Kiss Me Red
07. Take Me To The Top
08. Good Girls Go To Heaven (Bad Girls Go Everywhere)
09. MAN-U-LIP-U-LATOR
10. It's Only Love

Personnel:
Bun E. Carlos : drums
Robin Zander : vocal
Rick Nielsen : guitar
John Brant : bass
***
Dee Lewis, Coral Gordon : chorus
Paul Klingberg : keyboards, sequencers
Tony Platt : programming