カンのライヴ・シリーズ第二弾が発表されました。このシリーズはカンが残したライヴ音源を高音質でよみがえらせようとする意欲的なもので、監修しているのはメンバーの一人イルミン・シュミットです。シュミットの精力的な活動ぶりには頭が下がります。

 本作品は1975年11月19日に英国南部の都市ブライトンのフライアーズなるクラブで行われたライヴを収録しています。ブライトンはドーバー海峡に面した観光地ですけれども、引退した老人が住まう町という印象が強いです。モッズ対ロッカーズの戦地でもあるのですが。

 この時期はカンにとってどういう時期かというと、アルバムでいえば、ヴァージン・レコードと契約して最初のアルバム「ランディッド」を発表した直後、メンバーでいえば、ダモ鈴木が抜けて4人組みとなってしばらく経った頃ということになります。

 収録されているのは2枚組に7曲です。曲名はいずれも「ブライトン75」でそれぞれに順番で数字が振られています。アインからシーベンまで。ここにカンのライヴに対する姿勢が現れています。スタジオ・アルバムに収録された曲を再現するのがライヴではない。

 公式バイオの作者ロブ・ヤングによれば、「開演前の20分間は、誰もバックステージへ入ることが許されなかった。彼らは静かにそこに座り、楽器を軽くタッピングしたり、かき鳴らしたり、一緒にハミングしたりして、その場に漂う音楽に波長を合わせたのだ」そうです。

 そうして場の空気から「チャネリングされて各ミュージシャンたちの間にバイブスが飛び交った」演奏が繰り広げられるわけです。要するに即興です。ロックにおける即興は往々にして曲の一部を構成するのみですが、ここでの即興はジャズ的に曲の構造すべてに及びます。

 カンの場合は、こうして長々と即興によるジャム・セッションを行い、それを主にホルガー・シューカイが編集してスタジオ・アルバムを制作していたといいますから、ライヴにおける演奏はその元の姿であるともいえますが、客の前での演奏ということでは違うともいえます。

 やはり曲としてのまとまりが何となくあるんですね。1から7までそれぞれに起承転結があるようなないような。客に披露するということではきっちりと落とし前をつけなければいけないという意識でしょう。スタジオ・アルバムの曲からのテーマがほの見えるのもその一環。

 演奏ではヤキ・リーベツァイトのメトロノームのようなドラムがやはり屋台骨を構成しています。そしてホルガー・シューカイのベース、イルミン・シュミットのキーボード、ミヒャエル・カローリのギター、それぞれの間にバイヴスの飛び交う演奏を繰り広げています。

 あちらこちらで馴染みのフレーズが出てきますし、かっちりしたドラムのせいでスリリングな展開というよりも、安心して聴けるロック・サウンドが炸裂しています。とりわけ、低音部が充実しているので、耳にも優しいです。安心して聴ける大きな要素です。

 カンの規格外の部分は二人のボーカリストによるところが大きかったことが分かります。ここでのライヴ演奏は折り目正しいロック・バンドのそれです。繰り広げられる緊張感のある演奏は安心感と気持ち良さを連れてきます。とても懐かしく響きます。

Live in Brighton 1975 / Can (2021 Spoon)



Songs:
(disc one)
01. Brighton 75 Eins
02. Brighton 75 Zwei
03. Brighton 75 Drei
04. Brighton 75 Vier
(disc two)
01. Brighton 75 Fünf
02. Brighton 75 Sechs
03. Brighton 75 Sieben

Personnel:
Irmin Schmidt : keyboards, synthesizer
Jaki Liebezeit : drums
Michael Karoli : guitar
Holger Czukay : bass