三人組になってしまったピンク・フロイドです。ジェネシスは「そして三人が残った」というアルバムを制作し、ピンク・フロイドはロジャー・ウォーターズの実質的なソロ・アルバムを制作しました。のほほんとしたジェネシスとどこまでもシリアスなピンク・フロイドの違いです。

 「ファイナル・カット」は「ザ・ウォール」と一括りにしてもよさそうな作品です。ストーリーが続いているというわけではありませんけれども、アルバムの雰囲気が似通っています。フランク・ザッパ先生の「ジョーのガレージ」という連作を思い出しました。ちょっと違いますか。

 レコーディングは完全にウォーターズ主導で行われており、他の二人はほとんどゲスト扱いだったようです。前作にもましてパーソナルなタッチが色濃く出ており、デヴィッド・ギルモアが歌うハード・ロック曲もありますが、全体はウォーターズのモノローグが支配しています。

 もはやプログレの恐竜の趣きは皆無で、ダークなシンガー・ソングライターの描く問題作で、そのテーマは戦争です。ウォーターズの父親は彼が生まれた直後に第二次世界大戦で戦死しており、ここではその父親の姿もかりて戦争を描いていきます。

 きっかけはフォークランド紛争です。この戦争には私も驚きました。物心ついた時にはすでに行われていたベトナム戦争や中東戦争とは異なり、まったく新たに始まった武力紛争です。妙な話ですが、「戦争って本当に起こるんだ」と妙なリアリティーを感じました。

 この戦争を契機に、当時のサッチャー首相やレーガン大統領に物申すという正直かつ勇気ある作品が本作品です。サッチャー、レーガン、ブレジネフ、ベギンなどの人名や、アフガニスタン、ベトナム、アルゼンチンなどの国名も登場する直接的な重苦しい歌詞です。

 これをウォーターズがモノローグに近い形で歌っていきます。彼は尊敬するアーティストにジョン・レノンやニール・ヤング、ボブ・ディランの名前を挙げています。いずれも大詩人ばかりです。ウォーターズもプログレの人というよりも、詩人として扱った方がしっくりきます。

 本作品は全13曲、またまた切れ目のないアルバムとなりました。評価の分かれるアルバムで、絶賛する人と全否定する人、双方の意見が楽しめます。それでも、イギリスでは「狂気」も「ザ・ウォール」も達成できなかった1位を記録し、アメリカでは少し下って6位です。

 日本でも結構ヒットしましたけれども、評論家筋の受けはあまりよろしくありませんでした。もはや昔日のピンク・フロイドの面影は一見乏しくなりましたし、どこか戦争は遠くなってしまった日本ですから、そのメッセージも今一つぴんとこない、そんなところかと思います。

 しかし、さすがはピンク・フロイドです。この重さに正面から取り組んでいるところにプログレ魂をみます。サウンドは80年代風にクリアになっているものの、もわーっとした効果音はいかにもピンク・フロイドのサウンドです。息苦しいまでの音の積み重ねがテーマを支えています。

 とはいえ、多数参加しているゲスト・ミュージシャンの存在もこれあり、ロジャー・ウォーターズのピンク・フロイドという趣きが強いです。過去の作品を知っている私としては、さすがに胸がざわざわします。バンド幻想に過ぎないといえばその通りですけれども。

*2012年4月27日の記事を書き直しました。

こんな時期にふさわしい作品です。

The Final Cut / Pink Floyd (1983 Harvest)



Songs:
01. The Post War Dream
02. Your Possible Pasts
03. One Of The few
04. When The Tigers Broke Free
05. The Hero's Return
06. The Gunner's Dream
07. Paranoid Eyes
08. Get Your Filthy Hands Off My Desert
09. The Fletcher Memorial Home
10. Southampton Dock
11. The Final Cut
12. Not Now John
13. Two Suns In The Sunset

Personnel:
Roger Waters
David Gilmour
Nick Mason
***
Michael Kamen : piano, harmonium
Andy Bown : hammond organ
Ray Cooper : percussion
Andy Newmark : drums
Raphael Ravenscroft : tenor sax
National Philharmonic Orchestra