シンガー・ソング・ライターという言葉があるように、作曲者が歌ったり演奏したりすることはポピュラー音楽の世界では当たり前のことです。クラシックの世界でも作曲する人は大たい楽器ができるでしょうから、自ら演奏することは当然あることです。

 しかし、クラシックの場合は大作曲者のほとんどが物故者であり、なおかつ生前には録音技術が発達していなかったことから、なかなか本人による指揮や演奏を私たちが聴くことはできません。教科書に載るような大作曲家の演奏が聴けるとなると驚いてしまう所以です。

 ストラヴィンスキーの自演盤となるとちょうどその驚きがやってきます。1971年まで存命だったわけですから驚くこともないのですが、彼の名はむしろベートーヴェンやモーツァルトなどの大作曲家の列にありますから、やはり驚いてしまいます。

 本作品はストラヴィンスキーが指揮をし、コロンビア交響楽団が演奏する「火の鳥」を収録したアルバムです。1910年のオリジナル・オーケストレーションを再現した完全盤です。録音日時のデータは見当たりませんが、発売は1962年のことです。

 ストラヴィンスキーの80歳の誕生日を記念して発売されたもので、ジャケットにはバレエ「火の鳥」のコスチュームデザインをあしらったお洒落な仕様です。おまけに裏面にはストラヴィンスキー自身の長文ライナーノーツが付けられています。これまた驚きです。

 ストラヴィンスキーはディアギレフからバレエ「火の鳥」の作曲を依頼されます。まだ20代の頃です。当初は躊躇していたそうですが、ディアギレフがニジンスキー他と一緒にやってきて「ストラヴィンスキーの才能を信じている」と説得したことで実現の運びとなりました。

 まだ若かったストラヴィンスキーですから、パリで初演されることに興奮しますけれども、興行のされ方に疑問をもったり、指揮者と対立したりして、一番印象に残ったのは客席が香水くさかったことだなどと若者らしい反骨精神を発揮しています。

 ラヴェルによれば、パリの観客はアヴァンギャルドを求めており、「火の鳥」はまさにそれそのものだ、とその成功を分析しています。ストラヴィンスキーはここに時代のスタイルに合致していたこと、独創的に過ぎなかったことを加えています。ちょうどいい具合に前衛。

 また、この曲でストラヴィンスキーは指揮者として1915年に本格的にデビューしており、以降、1000回近く演奏したそうです。本作品の演奏もその1000回の中の1回ということです。詳しい録音日時が分からないのが難点ですが、70歳代の演奏と思われます。

 「火の鳥」はプログレッシブ・ロック・ファンにはイエスの「イエスソングス」のオープニングに使われていることで有名です。小澤征爾の指揮による「火の鳥」の最後のパートでしたから、本作品も聴き終わると、ギターが始まるのではないかと思ってしまいました。

 必ずしも素晴らしい音質であるとはいえないのが残念ですけれども、ストラヴィンスキー自身の解釈による「火の鳥」が聴けるのは嬉しいです。一方で専業指揮者の方々の自由な解釈の面白さというものにも思いをいたすことができてさらに興味が増しました。

The Firebird / Igor Stravinsky (1962 Columbia)



Songs:
ストラヴィンスキー:火の鳥

Personnel:
Igor Stravinsky : conductor
Columbia Symphony Orchestra