当たり前のことですが、J・ガイルズ・バンドにも1980年がやってきました。前作「サンクチュアリ」でレーベルを移籍して新規一転まき直しを図った彼らは1980年という節目を得て、さらにフレッシュな気持ちで音楽に向き合ったことでしょう。

 その結果が1980年1月に発表された本作品「ラヴ・スティンクス」です。直訳すると、「愛は臭い!」、あるいは「愛は腐っている」でしょうか。表題曲はキャッチーなフレーズのユーモラスな曲ですから、さまざまな映画に使用されています。歌詞の勝利です。

 本作品ではいよいよ外部プロデューサーの起用をやめて、キーボードのセス・ジャストマンがプロデューサーを務めました。エンジニアにはデヴィッド・ソーナーが引き続き係わっているので、テクニカルな面ではまるで心配なく、前作を引き継いで安定しています。

 ジャケットは「招かれた貴婦人」路線が復活して、やたらとお洒落になりました。アート・ディレクションはニューヨークのグラフィック・デザイナー、キャリン・ゴールドバーグです。彼女は後にマドンナのデビュー・アルバムも手掛け、さまざまな雑誌のカバーなどで有名になります。

 このジャケットにも1980年代に入るのだぞという勢いを感じます。サウンド面で最も強く80年代を感じるのはシンセサイザーです。ちょうどシンセがポピュラーになったところで80年代を迎えるわけで、この当時はシンセこそが80年代を象徴すると思われていました。

 ジャストマンのプロデュースでは自身がキーボード奏者だけあって、シンセを多用しており、新しいことをやるぞという意気込みを感じます。もっとも、J・ガイルズ・バンドはブルースをベースにしたバンドですから、シンセ・ポップというわけにはいきませんが。

 アルバムからは「カム・バック」、「ラヴ・スティンクス」、「ジャスト・キャント・ウェイト」の三曲がシングル・カットされて、いずれもチャート入りしています。特に前二曲はトップ40入りしており、これまでシングル・ヒットとは縁遠かったことが嘘のようになってきました。

 アルバム収録曲はピーター・ウルフのしゃべくりがメインの「ノー・アンチョビー・プリーズ」を除けば、いずれもキャッチーな曲で占められており、タイミングさえよければどの曲がヒットしていてもおかしくないように思います。そこがこれまでの作品との大きな違いです。

 もちろんご機嫌なロック・ナンバーもあるのですけれども、いずれも曲としての完成度が高く、ライヴ映えすることを意識するよりも、録音作品としての完成度を追求しているように思います。ジャストマン=ウルフの作曲コンビもますます快調です。

 カバー曲は一曲、1965年にストレンジラヴズが放ったヒット曲「ナイト・タイム」のみですが、全曲オリジナルからは一歩後退していて、それも余裕の表れだと理解しましょう。余裕をもって制作された本作は、アルバムとしても全米18位となる大ヒットを記録しました。

 次のアルバムが特大ヒットになるので、そこから振り返って中途半端なアルバムと評する向きもあるのですが、それは不当というもの。このアルバムは自信をもって前作の路線をさらに先へ進んだ力作です。なお、この作品発表の半年後に彼らは待望の初来日を果たしました。

Love Stinks / The J. Geils Band (1980 EMI)



Songs :
01. Just Can't Wait
02. Come Back
03. Takin' You Down
04. Night Time
05. NO Anchovies, Please
06. Love Stinks
07. Tryin' Not To Think About It
08. Desire (Please Don't Turn Away)
09. Till The Walls Come Tumblin' Down

Personnel :
Peter Wolf : vocal
J. Geils : guitar
Magic Dick : harmonica
Seth Justman : keyboards, chorus
Danny Klein : bass
Stephen Bladd : drums