ミック・カーンはギリシャ系の両親のもとにアンドニス・ミカリディスととしてキプロス島で生まれています。3歳の頃にはロンドンに移住してきていますけれども、両親はキプロス育ちですから、当然、キプロスの文化の影響も色濃く受けています。もちろん音楽も。

 ミックが幼い頃、母親はいつも中東の音楽を聴いていたのだそうです。しかし、ギリシャ系とトルコ系の間で分断されてしまうキプロスのことですから、母親はそんな音楽を聴いていることを「親戚の人には言っちゃだめよ」といつもミックに言っていました。

 これは強烈にミックの脳裏に刻まれたことでしょう。ミックは「中東の音楽にはなにかしら神秘的なものを感じながら育ったわけです」と述懐しています。「聴くと子供の頃のことが蘇ってくるような」感覚があるということです。日本で育てば民謡がそうかもしれませんね。

 本作品「トゥース・マザー」はミックがCMPに残したソロ・アルバム第二弾です。前作「ベスチャル・クラスター」の2年後に発表されました。この間、何やらレーベル側ともめていたそうで、その結果として本作のプロデュースはミック単独名義になりました。

 相棒であるデヴィッド・トーンは全面的に参加していますけれども、「自分だけで曲を書いてアレンジをしてプロデュースするっていうのはずいぶん長いことやってこなかったこと」だっただけに、前作とはかなり色合いが違うアルバムになりました。

 その最大の特徴は、「いままでいつも底の方にあったものをついに表面に浮かべて、前面に出せたって感じです」と言う通り、アラブ音楽の影響が表れていることでしょう。ただし、あからさまにアラブ音楽にすり寄っているわけではありません。

 ミックは、アラブ音楽に加えて、昔から好きだという「モータウンのファンキーな音楽」、そして十代の頃にオーケストラにいたこともある過去を反映して「クラシック音楽」の影響を同時に掘り下げています。いずれも自分の血肉になっている音楽を掘り下げる点で同列です。

 このコンセプトを具現化するためにミックが集めたのは、トーンに加えて、後にキング・クリムゾンに加入することになる二人、ドラムのギャヴィン・ハリソンとマルチ楽器奏者のジャッコ・ジャクジクです。この三人とミックが中心となってサウンドを作り上げています。

 ジャパン仲間からはリチャード・バルビエリが2曲に参加している他、ポーキュパイン・ツリーのスティーヴン・ウィルソンも同じく2曲で参加しています。特筆すべきはボーカルのナターシャ・アトラスでしょう。アラブ歌謡を披露する彼女はこの後ソロ歌手として活躍します。

 ミックのパーソナルな色彩が強いアルバムですから、サウンド面でもうねうねするミックのベースがいつも以上に大活躍しており、私などはもうそれだけで十分楽しいです。アラブの色彩もベースのうねうねが見事に表現していて秀逸です。

 ジャケットにはダニだと思われる顕微鏡写真が写っていて、前作に引き続き、何とも気味の悪い仕上がりにはなっていますけれども、サウンドの尋常じゃないテクスチャーを反映しているようで、これはこれで面白いです。変態ベーシストの面目躍如です。

The Tooth Mother / Mick Karn (1995 CMP)



Songs :
01. Thundergirl Mutation
02. Plaster The Magic Tongue
03. Lodge Of Skins
04. Gossip's Cup
05. Feta Funk
06. The Tooth Mother
07. Little - Les Hope
08. There Was Not Anything But Nothing

Personnel :
Mick Karn : bass, vocal, keyboards, alto sa, bass clarinet, dida, handclaps

David Torn : guitar, oudar, saz, organ, piano, chorus, handclaps
Gavin Harrison : drums, percussion, programming
Jakko Jakszyk : shawm, dilruba, flute, tenor sax, guitar, keyboard, programming, sample

Natacha Atlas : vocal
Gary Barnacle : flute
Steven Wilson : guitar
Richard Barbieri : synthesizer, programming
Sabine Van Baaren : chorus
Christina Lux : chorus
Sureka Kothari : voice