ピエール・ブーレーズ指揮BBC交響楽団によるラヴェル歌曲集です。1972年から1977年にかけて4回にわたって行われた演奏を集めたものになっており、うち1曲はBBCではなくアンサンブル・アンテルコンタンポランが演奏を務めています。

 歌曲集ですから歌手はそれぞれ一人ずつなのですが、これも4回全部異なります。ソプラノ歌手はヘザー・ハーパー、ジル・ゴメス、ジェシー・ノーマン、バリトンはホセ・ファン・ダムと4人の歌唱が楽しめる仕掛けとなっています。まさに編集盤ですね。

 最初はラヴェルの初期の代表作である「シェエラザード」です。ご存じ「千夜一夜物語」の語り手で、西洋の芸術作品には登場回数の多い有名な題材です。ここで歌っているのはヘザー・ハーパーです。北アイルランドのベルファスト出身のソプラノ歌手です。

 続く楽曲は「ステファン・マラルメの3つの詩」です。マラルメは19世紀フランス象徴派の詩人で、日本での人気はランボーに劣後しますが、大詩人であることは間違いありません。この曲はラヴェルがそのマラルメの詩から3つを選んで曲をつけたものです。

 その3つは「溜息」、「かなわぬ望み」、「臀部より出でて、ひと跳びで」です。最後の詩がいいですね。これを歌うのはジル・ゴメス、トリニダード・トバゴ育ちのソプラノ歌手で英国を中心い活躍していた人です。生まれは1942年ですから、この頃はまだ30代です。

 3つ目は「マダガスカル島民の歌」です。かつては土人と訳されていましたが、今は島民です。マダガスカルのクレオール詩人バルニーが民謡を翻訳したものから3曲を選んでラヴェルが曲をつけました。マダガスカル民謡とは曲はまるで関係ありません。

 この曲を歌うソプラノ歌手はジェシー・ノーマンです。「クラシック音楽界きっての稼ぎ頭のひとり」とウィキペディアに書かれるほど世界的に有名な米国の歌手で、彼女もこの時はまだ20代です。オペラ・デビューして間がない1972年の録音です。

 「ドゥルシネア姫の思いを寄せるドン・キホーテ」と「5つのギリシャ民謡」は同日の録音で、いずれもバリトン歌手ホセ・ファン・ダムが歌っています。ベルギーの方で1998年には男爵に叙せられるというベルギーを代表するオペラ歌手です。

 録音時期が足かけ6年にも及んでいますし、一部演奏者も異なりますけれども、まるでかつての歌謡番組をみているような気になります。次々に歌手が出てきては歌っていく。これが本当のコンサートだったらさぞかし楽しいことでしょう。

 まるで「月に憑かれたピエロ」のような怪しい雰囲気の「シェエラザード」からノーマンの迫力に驚かされる「マダガスカル島民の歌」までソプラノだけでもそれぞれの個性が楽しめます。私は初めて聴いたジル・ゴメスのちょっと世俗的な伸びやかな歌が好きです。

 最後はバリトンによる迫力仕上げです。しかし、あくまで演奏は澄んでいます。全体に、ブーレーズの編曲の手腕もあるのでしょうか、現代音楽的な冷ややかな伴奏がいいです。全17曲、全体でほぼ1時間の歌謡ショーが繰り広げられます。面白いものです。

Maurice Ravel / Pierre Boulez (1979 CBS)