いよいよマイルス・デイヴィスがエレクトリックに進出してきました。このアルバム「マイルス・イン・ザ・スカイ」では、アルバムの半分だけですけれども、ピアノとベースがエレクトリックになりました。そしてエレキギターが登場しています。しずしずと電子化が進みます。

 プチ・マラソン・セッションの後、マイルスのクインテットは欧米をツアーしてまわりました。そしてようやく1967年の12月にニューヨークでスタジオ入りしています。この時、初めてハービー・ハンコックがエレピを弾いたそうです。またギタリストがゲストで参加しています。

 マイルスがギターを使うようになったのは「ジェームス・ブラウンをたくさん聴きはじめて、彼のギターの使い方が気に入ったせいで」す。「変化を求めている自分」に気が付いたマイルスに糸口を与えたのがギターであり、電気楽器だったということです。

 この頃、コロンビア・レコードの新しい社長となったクライヴ・デイヴィスはロックやポップの台頭に示唆されて、傘下のジャズマンたちに進化することを求めていました。クインテットの3年間を集大成して次に進もうとしているマイルスにとっては納得のチャレンジだったでしょう。

 本作品のタイトル「マイルス・イン・ザ・スカイ」はビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンド」に目くばせしたものです。マイルスはビートルズの実験精神に刺激を受け、この頃、テープを回しっぱなしにして編集で曲をまとめる実験にも手を染めています。

 本作品は1968年1月と5月に録音されています。基本は例のクインテットですが、1月のセッションにはジョージ・ベンソンがギターでゲスト参加しています。後年、「ブリージン」で大ヒットを飛ばすベンソンもこの時23歳と若いです。

 とはいえベンソンは21歳の時にはリーダー・アルバムを出していますから、全くの新人というわけではありません。彼はこのアルバムの1曲「パラフェルナリア」で印象的なギターを聴かせてくれます。リズムにソロにと活躍する姿は新たな風を吹き込んでいます。

 ウェイン・ショーター作の「パラフェルナリア」とA面を分け合っている曲「スタッフ」がこのアルバムを特徴づけています。こちらは5月のセッションからの収録で、ハンコックはエレピ、ロン・カーターがエレクトリック・ベースを弾いています。久しぶりのマイルス作品です。

 「スタッフ」は堂々たるファンク作品です。振り返ってみれば驚きはありませんけれども、マイルスの作品を時系列で聴き直していると、ここまで来たかと感慨もひとしおです。もはや伝統的なジャズのスタイルからはかなり離れてきました。かっこいいです。

 一転してB面の2曲、トニー・ウィリアムス作曲の「ブラック・コメディー」とマイルス作曲の「カントリー・サン」はクインテットによる従来通りのアコースティック楽器による作品です。こちらも先鋭的な作品ですが、従来型のジャズなので、何だかほっとします。

 プチ・マラソン・セッション時の作品に比べると、新たな方向を模索している本作品は作品としての強度に欠けると見る向きもあるようです。確かに過渡期のアルバムということになるのでしょうが、過渡期ならではの実験精神が麗しい強力なアルバムだと思います。

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

Miles in the Sky / Miles Davis (1968 Columbia)