19世紀の着色写真のような鯔背なジャケットに包まれて登場した本作品は、現代最高のロック・バンドの一つ、レディオヘッドのギタリスト、ジョニー・グリーンウッドがインドで行ったレコーディング・セッションを記録したアルバムです。

 本作品「ジュヌーン」にはレコーディング・セッションを収録した同名のミュージック・ドキュメンタリー映画が存在します。映画賞の常連でもあるポール・トーマス・アンダーソン監督がジョニーに同行してとりまとめた作品で、日本でも2016年に上演されたことがあります。

 馴染みのある二人の名前がどうしても先行してしまいますが、本作品の主役はインドに長年住み着いているイスラエル人ミュージシャン、シャイ・ベン・ツールです。ツールの音楽に感銘を受けたジョニーから声がかかって、このプロジェクトが始動しました。

 また、ジョニーはアンダーソン監督のアカデミー賞ノミネート作品「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」以降の作品の劇伴音楽を作曲しており、二人は長年の付き合いです。アンダーソンはレディオヘッドのMVも演出しており、仲良しぶりが際立ちます。

 レコーディング・セッションはインドのラジャスタン州、ジョードプルにあるメヘラーンガル城です。マールワール王国の君主の居城として建設された、岩山にそびえる巨大な城はジョードプルの有名な観光スポットです。現在もマハラジャによって管理されています。

 参加しているミュージシャンはジョニーとツール以外はすべてジョードプルのあるラジャスタン州のミュージシャンです。彼らはこのプロジェクトではラジャスタン・エクスプレスと総称されています。ジャケットに写る人々ですから、典型的なインドの音楽家です。

 ツールがすべての曲を書き、ジョニーとともにアレンジして、ジョニーがプロデュースするという陣立てです。なお、レディオヘッド作品には欠かせないナイジェル・ゴッドリッチもこのセッションに同行してミキサー、エンジニアとして活躍しています。

 ラジャスタン・エクスプレスはインド・パキスタンのムスリム音楽カッワーリーの楽団、ブラス・セクション、パーカッション・アンサンブル、宮廷歌手と四つの集団が含まれています。パーカッションはナガラやドゥラクなど威勢のいいインドの伝統的な太鼓です。

 収録された曲は、カッワーリー・スタイルのスーフィー歌謡や伝統的なヒンディー歌謡があるかと思えば、ツールの母語ヘブライ語で歌われる歌謡もあります。歌詞は神をたたえるもので、これも曲によって、インドの伝統的な詩とツールのオリジナルが使い分けられています。

 ラジャスタン・エクスプレスの演奏は一切西洋音楽に媚びることなく我が道を進んでいます。ツールはボーカル、ギター、フルートでここに溶け込んでいます。ここにジョニーはドラムマシーンやコンピューターも使って参戦します。この色合いが本作品の真骨頂でしょう。

 インド音楽の型式に流し込まれたレディオヘッド魂とでもいうのでしょうか、ジョニーのギターなど結構な聴き物です。東西の邂逅が緊張感を生んでいて、一風変わったインド音楽が楽しめます。両者を結ぶのは神への敬虔な愛なのだと思います。気高い作品です。

Junun / Shye Ben Tzur, Jonny Greenwood and The Rajasthan Express (2015 Nonesuch)