1980年代後半のワールド・ミュージック・ブームの大きな果実の一つがサリフ・ケイタでした。1987年発表のサリフのソロ・デビュー作「ソロ」は当時、日本でも大きな話題になりました。「大衆音楽の真実」を書いた中村とうよう氏の大推薦が後押しでした。

 サリフ・ケイタはアフリカのマリ出身です。マリは13世紀には古代マリ帝国として栄えたお国がらです。サリフはその王国を大帝国とした英雄スンジャータの直系の子孫にあたり、今でもその一家は有数の名門なんだそうです。今に生きている王家です。

 一方、西アフリカにはグリオと呼ばれる吟遊詩人の伝統があり、そちらは芸能者ということですから、いわゆる河原乞食、社会的には最下層に位置する集団です。王家の末裔が河原乞食に転じるわけですから、サリフは当然のことに一家からは見捨てられてしまいました。

 しかし、そうした社会のヒエラルヒーを軽々と越えていくのも芸能の凄みです。サリフはやがてミュージシャンとして頭角を現し、マリの首都バマコにてレイル・バンドと通称されるバンドで歌い始めます。その後、アンバサデュールなどのバンドを経て、本作にたどり着きます。

 レイル・バンドは1970年代ですけれども、その頃からすでにフランスのレーベルからアルバムを発表しています。フランスはやはり植民地つながりで、フランコフォン・アフリカの音楽を西洋世界に紹介する大きな役割を果たしてきました。

 サリフの初のソロ名義の作品となる本作「ソロ」は象牙海岸生まれのセネガル人レコード・プロデューサー、イブラヒム・シラーが企画しています。シラーはパリにおいて、ユッスー・ンドゥールを始め、多くのアフリカ人ミュージシャンを盛り立てていった人です。

 シラーがエクゼキュティヴ・プロデューサーとなった本作品では、サウンド面のアレンジをフランス人ミュージシャンのフランソワ・ブレントとジャン・フィリップ・リキエルが担当しています。アフリカ音楽と西洋音楽のミクスチャーが行われていると考えてよいです。

 パーカッションやボーカルはアフリカ人と思われるミュージシャンが担当していますから、もちろんアフリカ要素は色濃いです。そこにブレントやリキエルがこの時代らしいキーボードのサウンドで対峙しています。まるでシンクラヴィアのような硬質なサウンドです。

 こうして西アフリカらしい刻むビートやコール&レスポンスが1980年代後半のロック・サウンドと融合しています。このため、ロックに慣れ親しんだヨーロッパの人々にはとても耳に馴染むサウンドに仕上がっています。とても分かりやすい。

 そんなわけで、アフリカ原理主義者の一部には評判が悪かったりするのですが、それを吹き飛ばすのがサリフのボーカルです。とにかく凄いです。ライナーノーツの表現を借りると、「純粋で、衝撃的で、充実していて、スピリチュアルで、恍惚とさせる」ボーカルです。

 どれ、巷に流行るワールド・ミュージックなるものを聴いてやろうか、と軽い気持ちで聴いた人々の度肝を抜いて、狭い音楽の地平に閉じこもっていた人々に大海原の存在を知らしめたという偉大なボーカルです。いつ聴いてもこのボーカルだけは凄いです。

Soro / Salif Keita (1987 Mango)