ディストピアの風景です。時は2060年、場所はベルリン。ヨーロッパ全体が病と貧困に覆われ、生き残った人類の間では緊張が高まっていました。資源は乏しく、戦争は避けられそうにありません。街は冷たくさびれています。輝く太陽は過去の記憶。

 そんな世界で唯一店を開けているのが「ラスト・リゾート」です。数少ない勇気ある者たちが集い、ハウスバンドの演奏に夜を飲み明かしています。そんな彼らも家路につきます。首を垂れ、暗闇の中、脚を引きずり、先ほど聴いた歌を口ずさみながら、過行く一日を悼むように。

 これがこのアルバムの物語です。アメリカのレーベル、クリオ・チェンバーはダーク・アンビエントを追求するレーベルです。ダーク・アンビエントは背筋を凍らせるアンビエントです。伴うイメージはディストピアか怪奇譚か、いずれにせよ現実と隣り合わせの世界です。

 ブライアン・イーノが提唱したアンビエント音楽は環境密着型でしたけれども、ダークが着くと途端にあの世密着型になるのは面白いことです。同じアンビエントという言葉を使っていながら、まるで異なる意味合いを持つように思います。

 ドローンを多用し、リズムやメロディーをくっきりさせないサウンドは共通していますが、その目指すところはまるで異なるため、似ているものの背中合わせのイメージです。太陽と親和性があるかいなかの違いは表面的な類似をこえてとてつもなく大きなものがあります。

 ビヨンド・ゴーストはフランスのアーティストピエール・ラプラスのプロジェクトです。ピエールはフランスの実験的なロック・バンド、ヴェラ・クルーゾーのリーダーを10年間務めた人で、その後ケニヨンとして2枚のアコースティック・ソロ・アルバムを発表しています。

 さらにサンドマンズ・オーケストラなるフォーク・デュオの一員としても活躍するなど、幅広い活動を続けてきました。これらは歌を伴うポピュラー音楽ですけれども、こうしたプロジェクトでも音の手触りや音響などにおける実験を繰り返してきたといいます。

 ダーク・アンビエント・プロジェクトはピエールのそちらの面をより深く追求していったものと考えてよいでしょう。その際、選ばれたレーベルが、ダーク・アンビエント専門のレーベル、クリオ・チェンバーで、本作品は同レーベルのヨーロッパ・シリーズの一枚となります。

 クリオ・チェンバーを経営するサイモン・ヒースは自身もダーク・アンビエント作品を発表しています。その彼は本作品ではジャケットのイラストを描いています。「ブレード・ランナー」を思わせるイラストはまんまダーク・アンビエントの世界を示しています。首尾一貫しています。

 ビヨンド・ゴーストは同レーベルから2019年以降コンスタントに作品を発表しており、本作が4枚目です。トランペットにゲストを招いている他はすべてピエールが演奏しています。エレクトロニクスに靄のかかった生楽器、さらにはフィールド・レコーディングがまじりあいます。

 「ラスト・リゾート」の店内で鳴っているというよりも、廃墟になりつつある外の世界を満たしている音のイメージです。あくまで暗く沈み込むようなサウンドはどこまでもまとわりついてきますけれども、聴き終えると妙な爽快感を覚える作品です。ディストピアが流行ってきましたね。

The Last Resort / Beyond The Ghost (2021 Cryo Chamber)