不気味な重低音で始まります。アーサー・ブラウンを知る人ならば例外なく頭の上に炎を載せた不気味なペインティング姿で登場してくるブラウンを思い浮かべたことでしょう。知らない人には八ツ墓村を思い浮かべてもらえればよろしいかと思います。

 アーサー・ブラウンは「ファイヤー」で全英1位、全米3位となる大ヒットを飛ばした人ですが、そのパフォーマンスのおかげで世紀の奇人のように思われていました。彼のバンドはクレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウンですから本人も掉さしておりました。

 やがてクレイジー・ワールドは空中分解して、ブラウンはパドルタウンを結成、片割れはロック界に名を残すアトミック・ルースターとなっていきました。キングダム・カムはこのパドルタウンが1970年ごろに名前を変えたものです。

 当初はアーサー・ブラウンズ・キングダム・カムと名乗ってアルバム「銀河動物園白書」を発表しましたが、2枚目からはキングダム・カム名義となりました。本作品はキングダム・カムにとって3枚目となるアルバム「ジャーニー」です。

 日本ではブラウンの名前を落とすわけにはいかないと考えたのでしょう、アーサー・ブラウンズ・キングダム・カムと表記されています。それだけブラウンが個性的だったということです。この当時のロック界は奇人変人を今よりも尊ぶ風潮がありました。

 キングダム・カムはメンバーが不安定で、本作品ではブラウン、ギターのアンディ・ダルビー、ベースのフィル・シャットの3人が前作からの継続組で、新加入はメロトロンを駆使するヴィクター・ペライノです。そして忘れてならないドラム・マシーンの活躍です。

 ドラマーが脱退したキングダム・カムはブラウンの操るドラム・マシーンを全面的に導入しました。曲単位ではそれまでにもあったでしょうが、フルアルバムでドラム・マシーンのみというのはロック界、いや音楽界初の試みでした。意外に普通のドラム音ですけれども。

 このアルバムでブラウンは弦楽四重奏に近いサウンドを得ることを目指していたそうです。ペライノによるメロトロンやシンセサイザー、さらにはテルミンが鳴り響くサウンドなので、かなり分かりにくいですが、室内楽的なアンサンブルを重視したのでしょう。

 アルバムはサイケデリックなムードが漂うプログレッシブ・ロックが溢れています。リズム・マシーンを背骨にして、さまざまにカットアップされたサウンドが奇妙な脈絡で交錯する様は見事なものです。ヘビメタ、サイケ、グラム、ジャズ、ブルースなどごった煮状態です。

 一方、アルバム全体はクラシック的にちょっと引いた感じで録音されています。ボートラの別テイクを聴くとそれが意図されたものであることがわかります。ここにも室内楽の断片が見られ、アルバムの完成度を高めることに寄与していると思います。

 気持ちよさそうに歌うブラウンです。私は90年代初めにロンドンのさるライヴ会場でブラウンに遭遇したことがあります。目が合うとにやりと微笑んでくれました。この当時はザッパ先生ゆかりのジミー・カール・ブラックと一緒に大工さんをしていたはずなんですが。

Journey / Kingdom Come (1973 Polydor)