アメリカの第三作「ハットトリック」です。アメリカのアルバム・タイトルの多くは’H’で始まることで有名です。デビュー作は後に「ホーセズ・ウィズ・ノー・ネーム」と通称され、強引にHをつけられましたが、実際にはこの作品でまだ2作目のH。まだこだわりはなかったと思います。

 本作品もセルフ・プロデュースで制作されましたが、クレジットは前作がアメリカ名義だったのに対し、ここでは三人の個人名とされています。数か月をかけてさまざまな工夫をこらした制作だっただけに自分達のプロデューサーとしての自負の現れではないでしょうか。

 目玉となるのはやはりタイトルトラックです。意表をついて、実に8分半もある野心的な大作で、女優でありダンサーとして活躍していたロレーン・ヤーネルのタップ・ダンスを加えるという趣向が凝らされています。気合が入っています。

 さらにこの曲にはコーラスでビーチボーイズのブルース・ジョンストン、カール・ウィルソン及び彼らのツアー・メンバーだったビリー・ヒンシュが参加しています。長い曲ですが、さまざまに展開するので、長くは感じません。アメリカの面目躍如といったところです。

 この曲を筆頭に前作にはほとんどいなかった多彩なゲストが参加しています。ようやくアメリカの三人もロスアンゼルスに落ち着くことができたということなのでしょう。説明不要のジョー・ウォルシュ、サックスのトム・スコット、写真家でもあるバンジョーのヘンリー・ディルツ等々。

 リズム隊には前作に引き続いてドラムにハル・ブレインが起用され、ベースはジョー・オズボーンからアメリカのツアー・メンバーだったデヴィッド・ディッキーに代わっています。ブレインのドラムがあればまあ背骨はしっかりしますよね。後は何をやっても安心。

 そのリズム隊をバックに、アメリカの三人はこれまで以上に多彩なサウンド作りに挑んでいます。先にあげたバンジョー、サックスに加えて、シンセサイザー、ハーモニカなどの活用、そして何といってもストリングスの導入が目立ちます。

 エレキ・ギターも活躍していますし、エレピを始めキーボードも大胆に導入されています。「サージェント・ペパーズ」のようなアルバムを作ろうとしていたというデビュー当時の夢をかなえようとしているようです。豊かで多彩な音作りを目指しています。

 しかし、アルバムからのシングル・ヒットは「ムスクラット・ラブ」で、これは爽やかなアコースティック・ギターと美しいボーカル・ハーモニーが印象的な曲です。万人がアメリカに求めるイメージをそのまま反映したような曲でしょう。全米トップ10入りしています。

 いろいろと工夫を凝らしたサウンドが溢れていても、なぜか聴き終わった後は、アコースティック・ギターと爽やかハーモニーのアルバムを聴いたなあという感想になってしまいます。恐らくはボーカルのせいでしょう。それが彼らの持ち味でもあります。

 セールス的にはぱっとしませんでしたが、地味ながら良質のフォーク・ロック作品です。ジャケットでは精一杯ワイルドぶっていますけれども、世間がアメリカに求めるものはワイルドではなくて爽やかなのでした。そのミスマッチ感の中で良質な作品を作るのも才能です。

Hat Trick / America (1973 Warner Bros.)