ウェイン・ショーターが加わったマイルス・デイヴィス・クインテットがいよいよ本格的に始動しました。この作品はショーターが参加してから初めてとなるスタジオ・アルバムです。いきなりショーターのサックスから始まるというマイルスの喜びが伝わってくるアルバムです。

 しかし、このアルバムを語る際には、どうしてもマイルスの奥さんフランシスのことが大きく取り上げられます。これまでいいところでジャケットに登場しては話題をさらってきたフランシスがこのアルバムを最後にマイルスの元を去ってしまったからです。

 マイルスの自伝でもこのアルバムについてはフランシスのことにしか触れていません。「『E.S.P.』というレコードのジャケットの、オレが庭で彼女を見上げている写真は、彼女が出て行ってしまう一週間くらい前に取ったものだ」。切ない話です。

 音楽的にはショーターを得て順風満帆だったにもかかわらず、私生活ではフランシスがいなくなってしまうという不幸に見舞われる。ついでにアルバム制作後には尻の手術がうまくいかないという悲劇。人生はなかなか難しいものです、と紋切り型の総括をしておきます。

 スタンダードや古い曲ばかりやっていたベルリンでのライヴには感じませんでしたが、このアルバムを聴くと、クインテットの音楽が別次元に進んだことを感じます。そのサウンドはとても現代的です。いわゆるモダン・ジャズという言葉が似合わないサウンドです。

 もちろん現代最先端のジャズという意味ではなく、チャーリー・パーカーやジョン・コルトレーンのジャズの範疇というよりも、この後、ウェイン・ショーターやハービー・ハンコックが追求していくモダンなジャズの世界に分類した方がよいサウンドという意味です。

 このアルバムはすべて新曲で出来ています。冒頭の「ESP」と「アイリス」がショーター、「リトル・ワン」がハンコック、「RJ」と「ムード」がロン・カーター、そして「エイティーワン」がカーターとマイルスの共作、「アジテーション」がマイルスの単独名義です。

 「エイティーワン」も基本はカーター作品だそうです。マイルスは、「オレはバンドのために曲を作る必要がなくなった。彼らが書いてから、演奏に合わせてアレンジする程度で、すべてに最後の仕上げをするだけでよかった」と語っています。

 ツアーに出てホテルに泊まるとしょっちゅうホテルのドアがノックされ、「ドアを開けると、若くてすばらしい連中の誰かが、オレに見せるために、たくさんの曲を持って立っている」という嬉しい状況にマイルスは置かれています。それに曲が確かに新鮮です。

 彼らに刺激されて、マイルスが書いた「アジテーション」はトニー・ウィリアムスのソロが活躍する面白い曲です。しばらくの間、コンサートの幕開けに使われたそうです。若いメンバーからも学ぶ姿勢があるところがマイルスの強みなんでしょう。

 エルヴィス・プレスリーやビートルズを始めとするロックの台頭によって主役の座を奪われるようになったジャズですが、マイルスは新しいクインテットとともにますます意気盛んです。この新しいサウンドは堂々たるジャズのメイン・ストリームなのでした。

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

E.S.P. / Miles Davis (1965 Columbia)