私が洋楽に目覚めたのは中学校に入るか入らないかの時期でした。思い切って買った初めての「ミュージック・ライフ」は隅から隅まで貪るように読んだものです。そんなわけで雑誌に載っていたレコード会社の広告なども今でも大変よく覚えています。

 そうして覚えた名前がこのスティーラーズ・ホイールです。あれから半世紀近く立ちますけれども、彼らの名前を耳にすると胸が躍る心もちがします。ただし、当時、彼らの音楽を聴いていたわけではありません。当時は気軽に何でも聴ける状況にはありませんでしたから。

 そんなわけで随分後になってから初めて聴いたスティーラーズ・ホイールですが、名前だけしか知らなかったにも関わらず、とても懐かしく思いました。1972年が目の前に蘇るかのようです。彼らのサウンドは1972年ならではの上質なポップスです。

 スティーラーズ・ホイールの中心は後に「霧のベイカー・ストリート」のソロ・ヒットを飛ばすジェリー・ラファティとその盟友ジョー・イーガンの二人です。彼らは過去にともにバンド活動をしていましたが、ラファティがソロ・アルバムを制作する際に再会し、再びバンドを結成しました。

 当初は明らかにCSN&Yを意識して、全員がボーカルをとり、ギターが3人、キーボードが1人という布陣でスティーラーズ・ホイールはスタートしました。しかし、ほどなく、ラファティとイーガン以外の二人が脱退して、CSN&Y路線はあえなく潰えます。

 今度はベース、ドラム、ギターの3人を加えて、普通のロック・バンド仕様となったスティーラーズ・ホイールはA&Mとレコード契約を交わし、アルバムの制作にかかります。プロデューサーは「ハウンド・ドッグ」や「監獄ロック」のリーバー=ストーラーが起用されました。

 ただし、リーバー=ストーラーはソング・ライティング・チームでもありますが、彼らは本作品では曲を書いていません。全曲がラファティ、イーガンもしくは二人の共作です。ボーカルも二人がとっており、二人が主導するアルバムであることは間違いありません。

 とはいえ、当初のメンバー・チェンジからも推測される通り、レコーディングが進む中でメンバー間の関係はこじれにこじれたようです。結果、ラファティはアルバム発売を待たずに故郷のグラスゴーに帰ってしまいました。プロモーションで呼び戻されるわけですが。

 アルバムはビートルズのアップル・スタジオで録音されていることが象徴するように、スティーラーズ・ホイールの音楽もビートルズを思わせる部分が多い大変良質なポップ・ソングばかりで出来上がっています。実際、このデビュー作はそこそこヒットしました。

 中でも彼らの代表曲「スタック・イン・ザ・ミドル」は英米でトップ10入りするヒットを記録し、数々のカバーを生んだ名曲です。半年遅れのシングル・カットでしたが、結果的にこれがアルバムのセールスに火をつけることになりました。

 グラスゴーは冬の間ほとんど陽が出ないことで知られており、たしか1か月に5分という記録を持っていたはず。スティーラーズ・ホイールのサウンドはポップですけれども、グラスゴーの曇天が似合います。その屈託がまたサウンドに陰影をもたらしてかっこいいです。

Stealers Wheel / Stealers Wheel (1972 A&M)