前作で憧れだったザ・バンドの一員となり、ボブ・ディランと共演したエリック・クラプトンは憑き物が落ちたようにリラックスしたアルバムを作り上げました。それが本作品「スローハンド」、ブルース・スプリングスティーンの「明日なき暴走」と対をなす名ジャケで登場です。

 「スローハンド」はクラプトンに付けられたニックネームです。速弾きすぎて逆に手がゆっくり動いているように見えるからというのが通説です。ヤードバーズ時代ですから、まだ10代の頃、いかにも速弾きを究めそうな年齢です。

 ただし、そんな昔のことは知らないファンにしてみれば、「いとしのレイラ」はあるものの、むしろクラプトンはゆったりとした本当にスローハンドな曲の方が人気がありますから、文字通りの意味にとる人も出てきます。それを嘆く人もいて、ロックの歴史を感じます。

 本作品はソロとしては初めて全面的にロンドンで録音されています。これまではアメリカであったり、ジャマイカであったりと、自らの音楽的な冒険に相応しい地を選んでいたクラプトンがロンドンに帰ってきた。そしてヤードバーズ時代のニックネームをタイトルにした。

 これは一つの事件でした。そしてプロデューサーにはローリング・ストーンズの作品で有名なグリン・ジョンズが起用されています。グリンはイーグルスなども手掛けていますから、特に英国英国しているわけではないのですが、それでもこれまでの布陣からは異色です。

 今回のレコーディングにはゲストはただ1人、サックスのメル・コリンズのみです。ほとんどすべてのパートを第一期エリック・クラプトン・バンドが担当しており、その意味でもロンドンに戻って落ち着いたアルバムを仕上げたなという感じがします。

 本作品はともかく最初の3曲がまず素晴らしいです。冒頭におかれたJJケイルの「コカイン」、続いて畢生の名ラヴ・バラード「ワンダフル・トゥナイト」、そしてシングル・カットされて全米3位となった「レイ・ダウン・サリー」の3曲です。それぞれが個性的です。

 自身が親しんだ「コカイン」はギターのリフが印象的で、クラプトンのボーカルが完成を見たといってもいいくらいぶっきらぼうでかっこいいです。軽やかでリズミカルな「レイ・ダウン・サリー」といいコンビをなしています。

 それに挟まれるのが「ワンダフル・トゥナイト」。後に妻となるパティのために書かれたとてもベタな甘い曲で、ボーカルもギターもメロメロです。クラプトンにとっても大の自信作です。クラプトンはこういうべたな曲をやらせたら天下一品です。有無を言わせず抑え込まれます。

 この曲と対をなすのは最後のインストゥルメンタル「ピーチェズ・アンド・ディーゼル」で、ここでも「美しい」ギターが堪能できます。まだまだブルースに魅入られたギターの神様としてのクラプトン像が中心ですが、このアルバムくらいからAOR的な魅力が輝きをましました。

 他の曲もほっとする粒ぞろいの曲ばかりで、久しぶりに全米2位にまであがる大ヒット・アルバムになりました。「ワンダルフル・トゥナイト」が入っているアルバムとして押しも押されもせぬクラプトンの代表作です。ロンドンに戻って落ち着いたクラプトンでした。

Slowhand / Eric Clapton (1977 RSO)