立花ハジメはソロ・デビューに際してギターからサックスに「転向」しました。しかし、立花はそれまでもザ・ギタリストであったわけではなく、サックスに持ち替えたからといって「転向」と表現するのはいかがなものかと当時から思っていました。

 日本のテクノポップを代表するお洒落バンド、プラスチックスでノン・ミュージシャンとしてバンドを支えた立花は、そのワールド・ツアーの最中、アメリカでサックスを購入しています。「ノー・ニューヨーク」のジェームズ・チャンスの影響とも言われています。

 立花はサックスは全くの素人でしたので、同様の状況でスタートしたギターと異なり、今度はちゃんと学ぼうということで、基礎から学んだと当時インタビューで答えていたことを覚えています。この逸話は後に私をサックスに向かわせることになるもので...。

 本作品はプラスチックス解散後に発表された立花の初めてのソロ・アルバムです。全編インストゥルメンタルで、立花はギターとアルト・サックスを担当しています。プロデュースはYMOの高橋幸宏で、細野晴臣と坂本龍一も演奏に一部参加しています。

 しかし、本作品で最も存在感をはなっている共演者はロビン・トンプソンです。ロビンは後に30年以上にわたって沖縄にて人間国宝城間徳太郎に師事して琉球古典音楽を学び、三線と胡弓の師範となる人です。笙などにも造詣が深いというなかなかの人物です。

 そのロビンはここではソプラノ・サックスとバス・クラリネットを吹きまくっています。立花のアルト・サックスとロビンのバトルがこのアルバムの見せ場の一つです。サックスに転向したアルバムですから、なんといってもサックスが目立つサウンドです。

 その他にはチャクラの永田どんべい、本作を発表したYENレーベルゆかりのドラマー、鈴木さえこ、ゲルニカの上野耕路、経歴不明のはらまさし、浜口庫之助の息子さん浜口茂外也が参加しています。いずれも立花と親交の厚い気心の知れた人たちなんでしょう。

 謎なのはジャケットにも写っている立花が自作したという楽器アルプス1号です。アルプス山脈の形をしており、サウンドはディレイとハーモナイザーを通した後、アンプで増幅されて出てくると説明しています。ただし、どこにも使ったという記述はありません。

 楽器の解説を載せているくらいですから使ったのでしょうが、そもそもどんな音か分からないのでどこで鳴っているのか皆目見当がつきません。そんなところも、ウルトラ・モダンなセンスをもつ立花ならではだとぞくぞくしてしまいます。

 ここでのサックス・サウンドはロックのそれでも、ましてやジャズのそれでもありません。むしろクラシック、現代音楽のそれです。ロック界で近いものといえばフランク・ザッパ先生の室内楽的サウンドが思い当たります。超然としたサウンドがとても素敵です。

 スピード感あふれる現代音楽的なサックスがテクノ的なジャストなリズムに乗って踊るようなサウンドといえばよいでしょうか。意表をついたどこにもないサウンドに当時も驚いたものですが、今でも十分に刺激的です。さすがは立花ハジメ、とにかくカッコいいです。

H / Hajime Tachibana (1982 Yen)