日本のポール・マッカートニー・ファンには大変残念なことに、1975年11月に計画されていたウイングス世界ツアーの日本立ち寄りは法務省が入国直前にビザを無効にしたために中止されてしまいました。私の高校でも衝撃が走りました。人畜無害そうなポールがなぜ?

 おかげでというのも変ですが、日本行きがなくなって時間が空いたためにポールとリンダはハワイで休暇をとります。ここで「心のラヴ・ソング」が書かれ、さらに「頭の中でアルバムを構想」されました。それが翌年3月に発表された「スピード・オブ・サウンド」です。

 本作品は日本ではポール・マッカートニー&ウイングス名義ですけれども、本国ではウイングス名義となっています。領事館が発行した有効なビザを取り消してしまった法務省への抗議が込められていたのかもしれませんね。

 本作の録音は1月にアビー・ロードのスタジオで6週間かけて行われました。これでも「もっと早く作業することもできたが、急ぎはしなかった」ってどれだけ仕事が早いんでしょうね。ツアーは始まってまだ3か月でしたけれども、バンドは充実していたことの証です。

 特筆すべきはウイングスのメンバー5人全員がリード・ボーカルをとっていることです。ポールが6曲、リンダが1曲、デニー・レインが2曲、ギターのジミー・マッカローが1曲、ドラムのジョー・イングリッシュまで1曲という構成です。

 バンドらしくしたいと考えたポールのアイデアのようですが、ここまでされると逆にバンドっぽくなくなります。ポール自身もさまざまな声色で歌うので、結局、リンダを除けばだれが歌っているのか分かりにくいですし。ただみんな結構うまいです。

 中ではジミー自身が作曲もした「ワイノ・ジュンコ」がいいです。ポールのアレンジも控えめでこれこそバンドらしいサウンドです。ジミーのボーカルも冴えていますし、ポールと思われるベース・ラインもかっこいいし、ジョーのタイトなドラムも最高です。

 アルバムからのシングル・ヒットは2曲、ベース・ラインがとてつもなく印象に残る全米1位曲「心のラヴ・ソング」とお得意のマーチング・バンド・スタイルの「幸せのノック」です。どちらもブラスをうまく使ったポールのプロダクションの技が冴える見事なポップ・ソングです。

 この2曲を筆頭に、バンドにこだわっていると言いながらも絶妙なプロダクションが施されていて、あまりバンド・サウンドっぽくはありません。ポールのソロとウイングスの作品とを聴き分けることが出来る人はあまりいないのではないのでしょうか。

 しかし、結局その小ネタが凄いのでみんな黙ってしまいます。ちょっとした効果音、妙なリズム、ブラス、オーケストレーションなどなどいずれも絶妙です。もちろんギターやキーボード、ベースやドラム、どれをとっても尋常ではありません。ベースだけ聴いていても凄いです。

 このアルバムは英国でこそ2位どまりでしたが、おりしも全米ツアー中だったこともあり、米国では7週間も1位になり、年間チャートでも3位に輝いています。地味目のアルバムに思えてしまいますが、しっかり大ヒットしています。さすがはポール。

Wings At The Speed Of Sound / Wings (1976 Capitol)