チェロは年寄りに優しい楽器です。何といっても落ち着いた、高すぎないその音色が耳に優しいです。見た目も、コントラバスのように大きくなく、バイオリンのように始終腕を挙げていなくてもよいので、余計な心配をしなくてすみます。齢を重ねてチェロの魅力を再発見しました。

 本作品はラトビアに生まれたチェロ奏者ミッシャ・マイスキーのチェロ名曲集です。マイスキーは1948年生まれですから、本作品は43歳の時に録音された作品です。すでにチェロ奏者として世界的な名声を勝ち得ていましたから、余裕綽々の名曲集であるといえます。

 マイスキーが生まれた当時、ラトビア共和国はソ連邦の一国家でした。彼はすでに20歳前にはチェロ奏者として国際コンクールに入賞するなどその才能を発揮していましたが、そこはソ連、身に覚えのない嫌疑をかけられ2年近くも強制労働をさせられています。

 その後、イスラエルを経由して米国に渡り、1973年にはカサド・コンクールに優勝して国際的な活躍が再開します。受難の芸術家、不屈の魂などという言葉が似合う、大変な経歴の持ち主です。そして自由なアメリカの懐の深さを感じます。

 マイスキーにはチェロ名曲集としてすでに「ララバイ」という作品があります。本作品はそれに続く第二弾です。需要があったのでしょうね。本作品もマイスキーの作品の中では最も売れた作品の一つになっています。売れただろうなというのは聴けば分かります。

 まず、選曲がいいです。冒頭にはサン=サーンスの「動物の謝肉祭」から「白鳥」です。この誰もが知る名曲を最初にもってきてアルバムのトーンをセットします。その後はよくぞ集めたと思える美しいメロディーの作品を並べ、全9曲70分の時間が過ぎていきます。

 全9曲の作曲家はすべて異なりますけれども、見事に全体が統一されています。9つのパートに分かれた70分の大曲として聴くことも可能です。ポピュラー・クラシック作品集というよりも、一つのコンセプト・アルバムであると言ってもいいと思います。

 それはこの作品がマイスキーの愛息サーシャ君に捧げられたアルバムであることも関係しているのだと思います。全編を息子に捧げた演奏で埋め尽くしているわけですから、素材が何であれ、息子への愛がアルバムを統一しているのでしょう。

 演奏しているのはもちろんマイスキーのチェロとセミヨン・ビシュコフ指揮によるパリ管弦楽団です。「ララバイ」がチェロとピアノだけだったのに対し、こちらは詩情豊かなオーケストラのサウンドが加わり、より耳に優しいサウンドになっています。

 チェロが主役であることを忘れてしまうような一体感がいいです。息子さんにけっして一人で生きているんではないぞということをオーケストラとの共演を通じて教えているかのようです。ソ連からアメリカに亡命した経歴をもつビシュコフとマイスキーは通じるものがあるでしょうし。

 ところで原題は「アダージョ」です。実際に緩やかなテンポの曲が選ばれており、そのままでよかったはずなのに、邦題は「ロマンス」です。Rシュトラウスの「ロマンス」は入っていますが、これは余計な邦題です。アダージョではあっても、ロマンスっぽくはありません。

Adagio / Mischa Maisky (1992 Deutsche Grammophon)