スティーリー・ダンが活動を停止して後、ほどなくして発表されたドナルド・フェイゲン初のソロ・アルバム「ナイトフライ」です。「1980年代を飾る名盤中の名盤」として世評の高いアルバムで、商業的にも大成功をおさめました。

 職人的な音作りで定評のあったスティーリー・ダンの二人は斬っても切れない間柄かと思っていましたが、フェイゲンの本作を聴いた時に、あまりのスティーリー・ダンぶりに胸がざわついた気がしたものです。まあボーカリストでもありますからね。

 本作品はスティーリー・ダンの後期同様に超一流のセッション・ミュージシャンを贅沢に使って、極めて緻密な音作りがなされています。加えて録音面でも完全にデジタルで録音されたアルバムとしてポピュラー音楽界に革命的な影響を与えました。

 こういうアルバムを前にするとついつい完成度が高いという言い方をしてしまいますが、考えてみれば完成度というのは不思議な言葉です。アルバムとして発表された時点で一応完成しているといえばしていますし、音楽に完成などないともいえます。

 恐らくフェイゲンのようなクリエイターは自分の作品が100%完成しているなどとは思っていないのでしょう。そんな苦悩を前にお気軽に完成度が高いというのはどうかと思いますが、音楽を作ったことなどまるでない私でも本作品は完成度が高いと思ってしまいます。

 それは恐らく隅から隅までフェイゲンとプロデューサーのゲイリー・カッツの意思が貫かれているからでしょう。音の一つたりともないがしろにされていないという感じがひしひしと伝わってきます。それはむしろ息苦しいほどです。気を抜く暇もない。

 それにデジタル録音による高いクォリティーのサウンドは今でも評価が高く、CDプレイヤーの試聴にプロも使うほどだそうです。ただし、当時のデジタルですから、やがて凌駕されていく運命にあるとは思います。ちょっとデジタル臭いんですよね。

 アルバム・タイトルともなった「ナイトフライ」はラジオDJという設定で、ジャケットもそれを表したものになっています。本作品は「50年代後半から60年代初めにかけて、アメリカ北東部にある町の郊外で育った若者が、抱いていたはずのある種のファンタジー」がテーマです。

 当時の若者、それはすなわちフェイゲンですが、彼らにとってはラジオが大きな意味を持っていたはずです。そのDJに扮したフェイゲンがかけているレコードはソニー・ロリンズです。本作品のサウンドも当時の若者らしくジャズの影響が顕著です。

 加えて当時の世相を反映した歌の数々、50年代後半の国際地球観測年をタイトルにした名曲「I.G.Y.」や核シェルターを描く「ニュー・フロンティア」、キューバ革命を観光客視点で描いた「グッドバイ・ルック」などなど。

 まるで隙のないアルバム作りです。一方で緻密なサウンドでありながら押しつけがましくなく、ポピュラー音楽として十分に機能しています。しかし、本人は完璧主義者ですから、まだまだ満足していなかったのではないでしょうか。本人に確かめたわけじゃないですが。

The Nightfly / Donald Fagen (1982 Warner)