マイルス・デイヴィス初のライヴ盤の片割れ、土曜日のマイルスです。ジャケットまで金曜日と瓜二つというアルバムです。2枚同時に出して、売れ行きはどうだったんでしょうか。双子アルバムですから、その結果が知りたいところです。

 「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」で初めて奥さんのフランシスをジャケットに起用したマイルスが、今作でも奥さんを起用しました。しかし、前回の幸せな表情とは異なり、何かに怯えているようです。セッションの内容ともあまり関係ない変なジャケットです。

 私はこのジャケットから股旅物を想起しました。木枯し紋次郎のようなマイルスが自分のもとを去っていかないか不安げに見つめるフランシス、そんなイメージです。この当時のマイルスの心の漂流を表しているジャケットなのかもしれません。

 さて、当然のことながら、この作品も金曜日と同じ布陣での演奏です。ここでのセッションは評価が分かれると申し上げましたが、ピアノのウィントン・ケリーの活躍ぶりについてはほぼ高い評価で衆目は一致しています。特に土曜日の方が評判が高いです。

 ここでの名曲「ソー・ホワット」のピアノ・ソロは有名で、ケリーのキラキラしたピアノが際立っています。私は「ウォーキン」でのケリーのピアノも大好きなんですが、こちらは金曜日に入ってしまったので、土曜日のLP盤からは落ちていました。完全盤万歳ですね。

 しかし、分が悪いのはポール・チェンバースです。当時の技術でのライヴ録音で割りを喰うのはベースです。大たいバランスが悪くて、ベースはソロを聴いても分かる通り、音が小さい。これではいいプレイをしても話題になりにくいです。

 だいたいブラックホークは老舗ジャズ・クラブではあったものの、空調はなく、壁面には鳩が巣を作っていたといいますから、いくら音が良いとはいっても推して知るべしです。雨漏りもしており、このセッションの際にもテーブルの間に雨の受け皿が置かれていたそうですし。

 しかし、このクラブは、ノン・アルコールのティーンエイジャー向け座席を設えたところ、州知事がその撤去を命令したことに徹底抗戦して、その存続を勝ち取ったという気骨あるクラブです。イリノイ・ジャケーをインディアン・ジャケーと間違うご愛嬌とともに愛されていました。

 話がそれました。演奏に戻りましょう。「ハンクとの演奏は、オレの想像力を刺激しなかったし、およそ面白くないものだった」とマイルスに散々な言われようをしているハンク・モブレーの演奏はもちろん悪くはありません。十分かっこいいですけどね。

 マイルスは自分のソロが終わると客席に引っ込んで次の出番を待つという暴挙に出ています。モブレーの演奏が不満だったことも一因のようで、その間ソロをとるモブレーにしてみれば大変なプレッシャーだったでしょう。その中でもしっかり演奏するのですから大したものです。

 そんなこんなでマイルス初のライヴ盤は大名盤とされているわけではありませんが、完全盤が後に発表されるくらいには人気の高いアルバムということです。土曜日は金曜日よりも特にケリーが元気に聴こえます。どちらかと言えば私は土曜日をお勧めします。

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

Saturday Night - In Person At The Blackhawk / Miles Davis (1961 Columbia)