初めて「シーズ・ロスト・コントロール」を聴いた時の衝撃は今でも忘れません。当時傾倒していたニュー・ウェイブのバンドの多くはスピード感あふれるサウンドで現実世界と対峙していましたが、この曲は違いました。まるで現実世界と接点をもたないサウンドに感じました。

 ジョイ・ディヴィジョンは1976年にマンチェスターで結成された四人組のロック・バンドです。低い声の迫力あるボーカリスト、イアン・カーティスを中心に、ドラムのスティーヴン・モリス、ベースのピーター・フック、ギターのバーナード・サムナー、後のニュー・オーダーの三人です。

 彼らは当初荒々しいパンク・サウンドを演奏していましたが、当時マンチェスターでポスト・パンクの中心となっていたファクトリーのトニー・ウィルソンに見いだされ、同レーベルにEPを録音するためにプロデューサーのマーティン・ハネットと出会い、劇的に変化を遂げます。

 「彼らはプロデューサーにとってはまさしく贈り物だったね。だって彼らは何のヒントも持っていないんだから」とはハネットの弁です。要するに自分達のサウンドを表現する術を身に着けていなかったということなんでしょう。それをハネットが形にしました。

 本作品はハネットをプロデューサーに迎えて制作したデビュー・アルバムです。この前に彼らは別のレコード会社のためにデモを録音していますが、それをお蔵入りさせてまで、あてのない本作のレコーディングに精を出しました。

 出来上がった作品をファクトリーに持ち込み、まともな契約なしに本作の発表にこぎつけます。評論家には絶賛されたものの、残念ながら発売当初はチャート入りすらしませんでした。ピーター・サヴィルによるこの上ないお洒落なジャケットの力作なのに。

 しかし、日本ではかなり早くからロック・マガジン界隈では騒がれたために、私も発売後ほどなく輸入レコード店で入手することができました。それが「シーズ・ロスト・コントロール」での鳥肌につながるわけです。全10曲の大興奮です。あの事件の前だったことは幸いでした。

 LPレコードはAB面ではなく、アウトサイドとインサイドに分けられていました。インサイドがA面だと思っていたのに、CD化でアウトサイドが先だという事実を知りました。「シーズ・ロスト・コントロール」が1曲目ではなく6曲目だったとは。

 確かにインサイド最後の「アイ・リメンバー・ナッシング」はオーラスに相応しい曲ではあります。暗く沈み込むリズムにのせて♪ウィー・アー・ストレンジャーズ♪と重苦しく歌うイアンは最高です。アルバムのあの世感を醸し出しています。

 ハネットのオーバー・プロデュースだとサムナー他メンバーには評判がよろしくないようですが、自ら「若さの楽観主義の死」だと語るジョイ・ディヴィジョンの音楽に力強いビートのまま、どこか別の世界の空気をまとわせたサウンド作りはやはり他には代えがたいです。

 しかし、この頃にはステージ上で飛び跳ねるイアンがてんかんの発作に悩まされるようになっており、イアンの、そしてバンドの苦悩はもはや若さゆえなどという甘いものではなくなっていました。そんな凄味がサウンドに透けてみえる恐ろしいアルバムです。

Unknown Pleasures / Joy Division (1979 Factory)