1970年代の初め頃のフォーク界といえば、お茶の間の主役たるテレビ界に背を向けた存在でしたから、テレビからの情報しか知らなかったまだ子どもの私には遠い世界でした。何だか熱狂的なファンがいる、いわばオタクの世界という感覚です。

 小椋佳は1971年にデビューしたフォーク・シンガーで、比較的あっという間に人気を獲得した人なので、私も名前くらいは聞いたことがありましたが、長らくその存在はベールに包まれていました。性別はどうやら男らしい、とかその程度です。

 俄然、その名前がとどろいたのは、布施明に提供して日本レコード大賞を受賞した「シクラメンのかおり」です。フォーク界とテレビ界の融合が進んできたおかげです。そして歌手としての小椋が私的にブレイクしたのは資生堂のCMソング「揺れるまなざし」です。

 真行寺君枝の妖艶な姿とともに流れてきた小椋の歌声はとても魅力的でした。この頃には友だちが小椋フリークになっていたりして、一緒にレコードを聴いたりしたことを覚えています。普段こんな曲を聴きそうにないやんちゃな高校生だったので印象に残っています。

 次いで伝わってきたのは小椋がエリート銀行員であるという情報です。ただ、その事実よりも、初めて彼の姿を見た時の衝撃の方が強かった。その風貌はどこからどうみても銀行員そのものだったからです。まるで想定外の出来事です。何も間違っていないのですが。

 そんな小椋佳観をもっていたことの罪滅ぼしも兼ねて、紙ジャケ再発を機会に一枚買ってみたのがこの作品です。1976年10月7日にNHKホールで開催された小椋の初コンサートを収録した、もちろん初めてのライブ・アルバムです。LPでは2枚組でした。

 現役の銀行員ですから、副業は原則禁止でしょうし、大掛かりなコンサートをやるのはなかなか大変だったことでしょう。しかし、突出すれば打たれないものです。さまざまな思惑が絡んだと思いますが、とにもかくにも初コンサートは見事に成功しました。

 小椋のバックを務めるのは、ドラムに村上ポンタ秀一、吉田美奈子のサポートなどで知られるベースの岡沢章、ギターの椎名和夫ほか、管楽器やパーカッションを含む大所帯です。レコード会社もかなり気合が入っていることが分かります。

 そんなバンドをバックにした初コンサートが録音されてこうしてライブ盤になる。その堂々たるパフォーマンスは凄いことだと思います。小椋佳の低めの声の魅力も見事なものですし、バンドの繊細な演奏も素晴らしい。スタジオ・ワークも駆使しているのでしょうか。

 本作品「遠ざかる風景」は小椋にとっては10枚目のアルバムとなり、3作連続でのヒットチャート1位をもたらしました。彼の最大のベストセラーは1972年の「彷徨」で、その人気がまだ続いている頃ですから、この当時の小椋人気は絶頂だったと言って間違いありません。

 サウンドは1970年代のフォークそのものです。というより小椋の歌が1970年代フォークなんです。今なら演歌に分類する人もいそうですが。ともかく、本作品は「さらば青春」、「シクラメンのかおり」、「揺れるまなざし」などの有名曲を網羅したフォーク入門に最適な一枚です。

Toozakaru Fukei / Kei Ogura (1976 Kitty)