2020年9月に更新されたローリング・ストーン誌の全時代を通したベスト500アルバムでは、マイルス・デイヴィスの名作「カインド・オブ・ブルー」が31位にランクインしています。これはジャズに冷淡なローリング・ストーンが選んだナンバーワン・ジャズ・アルバムです。

 この作品はとにかくジャズ史上最高のセールスを記録しています。数百万枚を売り上げているそうで、ジャズのアルバムとしては別格の売れ行きを示しています。ということはジャズ・ファンのみならず幅広い層にアピールしたということです。

 ただし、当初から爆発的にヒットしたというわけではなく、しばらくh「ポーギーとベス」の方がマイルスのアルバムとしては売れていたのだそうです。じわじわと長い間売れ続けて今の地位があるということですから、このアルバムの破格の魅力が分かります。

 本作品はマイルスの究極のセクステットがほぼ空中分解していた時期に制作された名盤です。この時期、ビル・エヴァンスは脱退、キャノンボール・アダレイとジョン・コルトレーンはそれぞれ自身がリーダーとなるバンドを率いて活動していました。

 レコーディングは1959年3月2日と4月22日の二回にわたって行われています。セクステットのピアノはウィントン・ケリーに代わっていましたが、このセッションではケリーの参加は1曲のみで、あとはこの時だけの参加が決まっていたエヴァンスが弾いています。

 ポール・チェンバースの重々しいベースとエヴァンスの繊細なタッチのピアノによる得も言われぬイントロに導かれて、いかにも♪ソー・ホワット♪と歌うようなコール・アンド・レスポンス風のテーマが現れ、ジミー・コブの一撃を合図にマイルスのソウルフルなソロが始まる。

 もう私はこの冒頭の「ソー・ホワット」だけでも満足です。このオーラをまとったミディアム・テンポの曲の雰囲気はアルバム全体を彩ってもいます。ビバップの荒々しい演奏とはかなりベクトルの異なるサウンドがジャズの世界を超えて広くアピールしたのでしょう。

 マイルスは「楽譜は書かずに、全員が演奏すべきスケッチだけを持って」きました。少し前に感銘を受けた「アフリカ・バレエ団のダンサーとドラマーと、フィンガー・ピアノの間に存在していたインタープレイのような、自然発生的な要素が欲しかったから」だそうです。

 エヴァンスによれば「純粋な形で行われた即興演奏に近い」ということです。マイルスは「すばらしいミュージシャンが揃ってさえいれば、状況に応じて、そこにあるもの以上の、自分たちでできると思っている以上の演奏が生まれる」と本作について語っています。

 それでも「結果的に失敗だった」というところがまたマイルスらしいです。ゴスペルやブルース、アフリカン・リズムを取り入れ、さらにはエヴァンスによるクラシックの影響までを消化した意欲作を目指していたのに、コンボの方向は少しそれていったということでしょうね。

 そんなマイルスの見解があろうとも、本作品が全音楽ファンにアピールすることはゆるぎない事実です。コルトレーンのサックスやエヴァンスのピアノも精彩を放っていますし、何よりもコンボ全体が有機体となって蠢くさまは最高です。名盤中の名盤でしょう。

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

Kind Of Blue / Miles Davis (1959 Columbia)