1950年代後半に「サード・ストリーム」なる言葉が誕生します。日本語では第三の流れとでも訳すのでしょうか。米国の現代音楽作家ガンサー・シュラーが提唱した言葉で、要するにクラシックとジャズの融合です。即興を中心とするジャズは多ジャンルと相性が良いです。

 マイルス・デイヴィスのポピュラリティーを高めようとメジャーらしいことを考えていたコロムビア・レコードのジョージ・アヴァキャンは、この第三の流れに触発されて、マイルスをビッグ・バンドと共演させることを考え出します。この時代ならではですね。

 こうなるとギル・エヴァンスの出番です。後に「マイルスの知恵袋」とまで言われるようになるギルは、マイルスと問題作「クールの誕生」を作り上げた仲です。マイルスはギルについて、「オレが初めて知り合った、肌の色を気にしない白人だった」と絶賛しています。

 「クールの誕生」制作以後も、二人は時々会っており、「何か一緒にやろうという話になって『マイルス・アヘッド』のコンセプトを思いついたんだ」とマイルスは語ります。コロムビア側の説明と微妙に食い違いますが、いずれにせよ、二人のコラボになる本作が誕生しました。

 バンド編成はトランペット5本、トロンボーン4本、フレンチ・ホルン2本、チューバ1本と金管が12人、加えて木管4人にベース、ドラムス。ここにマイルスを加えて総勢19名の大所帯です。アレンジと指揮はもちろんギル・エヴァンスです。

 録音は1957年5月に3日間を費やして行われており、そこで若干の異動があります。人の入れ替えに加えて、3日目のみウィントン・ケリーのピアノが入っています。そこで初めてピアノですから、このバンドの性格が分かるというものです。

 このバンドの中で、ソリストはマイルスのみです。ここではメロウな響きを求めてトランペットではなくフリューゲルホーンを選択したマイルスがビッグ・バンドをバックに端正なソロを披露しています。マラソン・セッションなどとはまるで異なる作風です。

 バンド・メンバーはほとんどギルが集めてきたスタジオ・ミュージシャンで、当時マイルスと一緒に演奏していた仲間からはベースのポール・チェンバースとドラムスのアート・テイラーが参加しているのみです。他には私の知る名前としてはリー・コニッツがあります。

 「ギルは細心で創造的だから、一緒にやるのは大好きだった。アレンジも全面的に信頼していた」とギルの役割は大きいです。このアルバムを通して「ギルとオレは音楽的に特別なものを持っていると、はっきり自覚した」マイルスです。

 とてもクールで端正な演奏です。ビバップの喧騒とは一線を画する美しい音楽はまさにサード・ストリーム的です。ギルは夜中に突然電話をしてきて「「もし落ち込んだらね、マイルス、『スプリングスヴィル』を聴けばいいんだ」とだけ言ったとか。本作冒頭の一曲です。

 ジャケットに白人女性を使ったことでマイルスが激怒して今のジャケットに替えられたという余計な一幕はありましたが、コロムビア側の思惑通り、このアルバムのサウンドは幅広い層に受け入れられ、マイルスの魅力を広めるには格好の作品となりました。
 
参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

Miles Ahead / Miles Davis (1957 Columbia)