1980年代を代表する女性ロッカー、パット・ベネターです。当時、もちろん女性歌手はたくさんいたわけですけれども、シャウト型のロック・ボーカリストはそれほど多くなかったので、ベネターの登場はなかなか衝撃的でした。

 ニューヨークはブルックリン生まれのベネターがデビューしたのは1979年のことです。大学をドロップアウトした彼女はライザ・ミネリのステージを見て歌手の道を追求することを決めたそうです。それから苦節10年近く、なかなかの苦労人です。

 デビュー作は全米12位となるヒットを記録しており、幸先の良いスタートでした。本作品はデビュー作から1年後に発表されたベネターの2枚目のアルバムです。邦題は前作の「真夜中の恋人達」に引っ張られて「危険な恋人」とされました。

 このアルバムは全米2位の大ヒットとなったばかりか、彼女にグラミーでベスト女性ロック・ボーカル・パフォーマンス賞をもたらします。彼女はこの年から4年連続でグラミー賞に輝きますから、その起爆剤となったアルバムだと言えます。

 プロデュースにはキース・オルセンが新たに起用されました。キースはフリートウッド・マックのモンスター・ヒット作第一弾の「ファンタスティック・マック」やフォリナーの「ダブル・ヴィジョン」をプロデュースして気を吐いていました。

 彼は後にホワイトスネイクやオジー・オズボーン、スコーピオンズなどをヒットさせており、本作は「ボン・ジョヴィを頂点としたメロディアス・ハード・ムーヴメントの布石構築に大きく貢献したエポック・メイキング作」であるとはライナーノーツの北井康仁氏の慧眼です。

 ベネターのボーカルを支えるのは公私ともにパートナーとなるニール・ジェラルドを中心とする面々です。ドラム、ベース、ギター二本、ときどきキーボードという構成でハイテンションのギター・ロックを展開します。潔くて気持ちが良いです。

 ニールとドラムのマイロン・グロムバッチャーは二人ともリック・デリンジャーのデリンジャー出身だと聞けば、本作のサウンドが想像できるというものです。ちょっと粗削りのギターばりばりサウンドです。これぞアメリカン・ロックです。

 そうした演奏をバックにパット・ベネターのボーカルが熱いです。「愛は夢の中で見失うもの、そして悲しみの涙の中で見えるもの、パット!君の愛はちょっと危険すぎる」とミソジニー全開の宣伝文句とは裏腹に女を売りにするのではなく、ストレートにロックしています。

 とても意外に思ったのはケイト・ブッシュの「嵐ヶ丘」のカバーです。比較的オリジナルに忠実な彼女の歌声はこの曲の魅力をケイトとは別の形でしっかりと表しています。また、初のトップ10ヒットとなった「強気で愛して」はこの時代らしい生きのいいハードなポップです。
 
 一方で児童虐待を扱ったシリアスな「暗黒の子供たち」、ちょっとブロンディっぽい「トリート・ミー・ライト」など佳曲揃いで、あっという間にアルバムが終わってしまいます。上り調子のアーティストの勢いを浴びるとこちらもとても元気になります。すかっとして気持ちがいいです。

Crimes of Passion / Pat Benatar (1980 Chrysalis)