1980年6月に発表されたボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの「アップライジング」は、残念なことにボブ・マーリー生前最後のアルバムになってしまいました。マーリーは1981年5月11日にマイアミで36歳の太く短い人生を終えています。

 マーリーの死因は癌ですから、本作品を制作している時にも体調は万全ではなく、ひょっとすると自らの死期を悟っていたのかもしれません。そんなことを考えずに本作を聴くことはなかなか難しく、どうしても死の影を探してしまいがちです。

 たとえばアルバムの最後を飾る「リデンプション・ソング」。彼らにとっては初めての弾き語り作品で、マーリー自身がつま弾くアコースティック・ギターだけを伴奏にマーリーが歌います。レゲエという手掛かりは一切ないシンプルなバラードで、マーリーの絶唱が胸にしみます。

 ♪いっしょに歌ってくれないか この自由の歌を 俺が今まで歌ってきたのはすべて救いの歌なんだ♪。山本安見さんの見事な対訳です。マーリー最後の曲にして、生前最後のシングル、マーリーが最後にステージで歌った歌。この事実を前に胸が塞がれます。

 このアルバムは前作に引き続いてジャマイカのスタジオで制作されました。ウェイラーズのメンバーは前作と同じですが、ブラスなどは目立たず、比較的シンプルなアレンジが施されています。ただし、アフリカ音楽の影響は前作ほどではないにせよ明らかです。

 マーリーが最初にアルバム収録曲をクリス・ブラックウェルに提示したところ、クリスはアップテンポの曲も少し追加した方がよいのではないかとアドバイスしたそうです。その結果として収録されたのがシングル・ヒットした「クッド・ユー・ビー・ラヴド」でした。

 同曲はアフロ・ビートの特徴の一つであるテナー・ギターのようなサウンドが使われて、アフリカ的な雰囲気をもった曲で欧米ではディスコを中心にヒットしました。英国では5位にまであがるヒットですし、ヨーロッパ諸国でも大いにヒットしています。

 本作発表時に行っていたアップライジング・ツアーはたとえばミラノでは12万人を動員する記録を打ち立て、ロンドンでも伝説のクリスタル・パレス・ボウルでのコンサートで池の中にまで人をあふれさせています。彼らの人気は頂点に達していたわけです。

 アフリカにおいても本作発表の直前、1980年4月にはジンバブエを訪問し、独立式典で「ジンバブエ」を披露するなど、マーリーの名声は頂点を極めていました。一方で、彼の健康状態はどんどん悪くなる、本作はそんな状況でのアルバムです。

 骨太のメッセージを込めた重い曲が並ぶ力強いアルバムですけれども、マーリーの声がこれまでとは少し違うことも確かです。伸びやかなボーカルが身上のマーリーでしたけれども、しゃがれたような苦し気な部分が散見されます。そこがまた鬼気迫る魅力でもあります。

 本作を含めアイランド後期の作品は前期の作品ほどには評価されていませんけれども、マーリーは最後までマーリーでした。ジャマイカから世界に飛び出し、約束の地を求め続けたマーリーは世界の永遠のヒーローです。

Uprising / Bob Marley & The Wailers (1980 Island)