前作発表後のツアーを終えた後、ウェイラーズからはピーター・トッシュとバニー・ウェイラーが脱退してしまいました。ウェイラーズの核となるコーラス・トリオは今や霧消してしまい、ここからはボブ・マーリーの名前を出してボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズと名乗ります。

 もともと三人のバランスは拮抗していたのでしょうが、アイランドからの作品ではボブ・マーリーが明らかに突出するようにされていましたから、二人には不満もあったことでしょう。その後、ピーターもバニーもソロとして一定の成功を収めることになります。

 ジャマイカ時代から環境が大幅に変わってしまい、昔からの仲間の間にも亀裂が入ったのでしょう。みんな大いに傷ついた模様です。そんな事情を考えると、本作品最初の曲「ライヴリー・アップ・ユアセルフ」は自分に向けて歌っているように思えてきます。

 「ナッティ・ドレッド」は1974年10月に発表されました。これはエリック・クラプトンによる「アイ・ショット・ザ・シェリフ」の全米ナンバー1のわずか1か月後のことです。狙ったわけではないでしょうが、結果的には絶妙のタイミングで発表されることになりました。

 本作の収録曲で最も有名な曲は「ノー・ウーマン、ノー・クライ」です。マーリーのロマンティックな側面を代表する曲の一つです。抑えた歌唱が胸をうつ名曲ですけれども、多くの人が思い浮かべるのはこのバージョンではなく、次の「ライヴ」のバージョンの方です。

 ところでこの曲、マーリーが作った曲であると思われますが、クレジットは彼が世話になったキングストンの食堂の親父になっています。 これは当時マーリーが音楽出版社と対立していたことが背景にあるようです。戦う男ボブ・マーリーらしい話です。

 本作でのウェイラーズは無敵のリズム隊バレット兄弟に加え、ピアノとオルガンにトウーター、ギターにアメリカ生まれのアル・アンダーソンを迎えた5人組です。ここにアイ・スリーなる、マーリーの妻リタを含む女性三人のコーラス隊がハーモニーを補います。

 アルバムには「ノー・ウーマン・ノー・クライ」のみならず力強い楽曲が並んでいます。ここにはジャマイカ時代のシングル曲が含まれていることがその大きな要因でしょう。「ライヴリー・アップ・ユア・セルフ」、「ベンド・ダウン・ロウ」、「ゼム・ベリー・フル」がそれです。

 こうして考えるとドレッド・ヘアのマーリーにジャマイカでつけられたあだ名「ナッティ・ドレッド」をアルバム・タイトルにしたことも分かる気がします。新たな出発を行うにあたっての原点回帰です。やや暗く沈み込んだようなサウンドに出身地トレンチタウンの凄みを見ます。

 サウンドはもちろん本格的なレゲエですけれども、ロック耳にも聴きやすい。トラフィックと縁があるアンダーソンのリード・ギターなどはやはりディープ・ジャマイカのレゲエにはあまり聴かれない響きだと思いますし、ブラスのアレンジもロック的、リズム・ボックスも刺激的。

 マーリーは、依然としてぶれずに鋭く抑圧を暴きだす歌詞を吐き出しながら、ジャマイカの原点に戻りつつも、ロック的な空気をまとった力強いレゲエ・アルバムとともに新たな出発を切りました。本作を最高傑作と呼ぶ人が多いのも納得の傑作です。

Natty Dread / Bob Marley & The Wailers (1974 Island)