アンダーソン・ブラッフォード・ウェイクマン・ハウとは、また会計事務所のような名前です。元イエスの四人の名字を並べたアーティスト名です。こうなるとあと一人は誰だったかいなと考えざるを得ません。この四人がイエスだと知る人ならば分かるクリス・スクワイアですね。

 ジョン・アンダーソンはもちろんイエスの名前を使いたかったそうですが、創業時からただ一人で名跡を護ってきたクリスはこれを許すことはありませんでした。それでこの名前。イエスを知っている人でもはやこれをイエスのアルバムと思わない人はありません。クレバーです。

 「ビッグ・ジェネレイター」ツアー終了とともにイエスを脱退したジョンは、しばらくヴァンゲリスとゆったりと音楽を楽しみます。そこで英気を養ったジョンが奥さんの勧めもあって、スティーヴ・ハウに連絡をとり、二人は意気投合してアルバム作りが始動します。

 やがてリック・ウェイクマンにビル・ブラッフォードという黄金期イエスの二人が合流します。この時、ビルは「決してクリス・スクワイアを入れないこと」を条件に承諾したと言われています。ただ、ビルはジョンのソロ作への参加だと思っていた節もあるのでここは謎です。

 大きなポイントとして、ロジャー・ディーンのジャケットへの起用があります。ロジャーはイエスからは少し離れていましたから、彼の復帰は一気にファンの心を昔日のイエスにもっていきました。ジョンを始めとする皆の心もそうだったことでしょう。

 ただし、かつてのイエスとは異なり、全員がスタジオに揃って曲を仕上げていくのではなく、ジョンが主導してプロデューサーのクリス・キムジーとともにサウンドを予め作り上げて、それにメンバーがそれぞれにダビング作業をしていくという形で作られています。

 この編成ですから、長尺の曲を2曲でもよかったと思ったのですが、そういう制作手法をとるならば長編は難しいでしょうから納得です。短くても組曲形式になっているのがせめてものオールド・ファンへのプレゼントでしょうか。

 そういえば「シー・ギヴズ・ミー・ラヴ」には「ロング・ディスンタス・ランアラウンド」、「錯乱の扉」、「ラウンドアバウト」等が歌詞に出てきて嬉しくなります。ここに限らず、これほど楽しそうなジョン・アンダーソンを聴くのは久しぶりです。よかったね、ジョンと言いたい。

 リック・ウェイクマンのビンテージ風なシンセ、スティーヴのスパニッシュも取り入れたぱっつんぱっつんのギター、ティンパニのようなビル・ブラッフォードのドラム、ジョンの清涼ボイスが素材として建築されていく様子は、これぞイエスと涙が出そうです。

 もちろん、1980年代も終わろうという時期ですから、サウンドがデジタル臭いのは仕方がありません。ロジャー・ディーンのジャケット絵ですら、昔に比べるとデジタルがにおいます。それとトニー・レヴィンのベースが控えめです。これも個性ですね。

 久しぶりにイエスを聴いたなあと嬉しくなる人は私だけではない証拠に、このアルバムはけっこうなヒットになりました。続くツアーも満員御礼の大成功となりますが、「イエス・ミュージック」と銘打ったために訴訟になってしまいます。これもまた部外者からみれば御一興。

Anderson, Bruford, Wakeman, Howe / Anderson, Bruford, Wakeman, Howe (1989 Arista)