NHKの大河ドラマ「いだてん」は掛け値なしに面白いです。これまでの大河の歴史に一石を投じる見事に現代的なメッセージを込めた素晴らしい作品だと思うのですが、まるで視聴率が伸びないという苦しみを味わっています。名作であることは歴史が証明するでしょう。

 脚本は宮藤官九郎ですから、音楽は当然のように大友良英が担当しています。あの不朽の名作朝ドラ「あまちゃん」のコンビですから、駄作になりようがない。今回は視聴率の関係もあるのかあまちゃんオーケストラ的な盛り上がりがないのが残念です。

 「サウンドトラック前編」はドラマに合わせて金栗四三を中心とする前編をカバーしています。そのため、基本的には音楽も走っています。美濃部孝蔵、すなわち古今亭志ん生も走っています。大友良英にはこういうリズムが似合います。

 中心となる「いだてんメインテーマ」は大友の解説を引用すると、「1960年代の東京やオリンピックをイメージしたファンファーレの中から、駆け抜けるようなギターとドラムのきざみで『いだてん』のテーマ曲が始まります」。

 そこからが凄い。「ほんの数名で始まるこのアンサンブルに、どんどん並走者が加わり、最後にはのべ300人を超える大合唱、大合奏になっていきます」。参加者はいつもの大友や芳垣安洋のバンドに加えて、NHK交響楽団、芳垣のワークショップ参加者などなど。

 ブラジルやアルゼンチンからの参加者もあり、プロアマ問わず、ジャンルもクラシックからポップス、ジャズ、ロックまでと多彩です。この構造そのものがドラマとシンクロしています。一人の英雄の物語ではなく、あらゆる人が主人公。まさに時代を描いています。

 そしてその時代は現在まで地続きです。東京オリンピックは当時まだ4歳だった私にとって歴史上の出来事に過ぎませんでしたが、「いだてん」を見て、音楽を聴いて、はじめてその息遣いが聴こえてくるような気になってきました。

 ドラマがカバーする年代は明治大正昭和と幅広いですから、それに応じて音楽もジャズあり、ラテンあり、クラシックありと幅広いです。さらには残念ながらスヤさんのボーカルがありませんが民謡「自転車節」もあります。しかもクドカンらしく忙しい。

 テーマが存在するのは、主人公である金栗、孝蔵の他には、スヤ、トクヨ、シマと女性ばかり。この選び方もいいです。それぞれに女優さんの顔がありありと浮かびます。あいかわらずNHKは豪華なドラマを作ります。

 嬉しいニュースは「 邂逅」という曲におけるブラジリアン・パーカッション現地録音をコーディネートしたのが、元DNA,元アンビシャス・ラバーズのアート・リンゼイだということです。大友の音楽人脈からすれば不思議でもなんでもありませんが、本当に憎い人選です。

 そのかたわらで和太鼓やチャンチキなどを取り入れるなどして、ごくごく自然に国境を超えるオリンピック精神を発露させています。小粋な江戸の音楽がオリンピックによって世界とつながっていく、そんなイメージでしょうか。軽やかな音楽の饗宴が世界を染めていきます。

Idaten (Original Soundtrack) / Ootomo Yoshihide (2019 ビクター)