このアルバムは日本語ネイティブかそうでないかでまるで感じ方が異なるでしょう。日本語ネイティブである私としては、日本語を理解できない方の感想を聞いてみたい。それも片言が分かる方、単語の一つも知らない方、などさまざまなレベルの方々に。

 本作品では、最初から最後まで日本のテレビやラジオなどで流されているCMを素材にして、それを加工した上で切り貼りされています。そうすることで一つのアルバムが出来上がっているんです。そのため、約80分にわたってずっと日本語が流れていることになります。

 アルバムの制作者はニュー・ドリームズ・リミティッド、これはヴェクロイドの変名の一つです。ヴェクロイドはもちろんステージネームで、本名はラモーナ・ザビエル、本作発表時にはまだ24歳の米国人女性です。彼女はヴェイパーウェイブなるジャンルの創始者の一人です。

 ヴェクロイドはワシントンDC出身ですし、日本語ネイティブではないと思われます。まるで意味が分からずに音源を操っていたのだろうと思うので、どういう風に感じているのか是非聞いてみたいです。純粋に音として聴いているのでしょうね。

 普通の曲ならばそこまでこだわらないのですが、ここで流れてくるのは♪君たちぼくみたいに鼻が利かないんだから♪、♪ホッカイロ忘れた♪、♪スキーは第二の目的です♪のような言葉ばかりです。さらにCMソングには「高気圧ガール」とか「サンタモニカの風」などなど。

 あまり切り刻んだりせずに、切り貼りにしてもオリジナルが分かる形で使われています。しかし、ピッチを変えたり、音そのものが加工されているので、誰の声かは分かりにくくなっています。歌詞は聴き取れますが、山下達郎が歌っているとは分からない。そんな感じです。

 ヴェイパーウェイブというのは、ウェブ上に現れた音楽のジャンルの一つで、サンプリングした素材を加工して切り貼りするだけで音楽を作っていくのが特徴だということです。ヴェクロイドはそのジャンルを牽引するアーティストです。哲学できそうなジャンルです。

 ナース・ウィズ・ウーンドの作品にも同じようなアイデアがありましたし、昔から考えた人はいるのでしょうが、テクノロジーの進化でそれを形にすることが容易になったことから花盛りとなったのでしょう。デュシャンの「泉」のようなものですし。

 本作品はヴェクロイドの2016年作品で、徹底的に日本のTVコマーシャルが使われています。それが悩ましい。暴力的に意味が押し寄せてくる。♪会社は給料を上げてくれませんでしたが、JALパックが値段を下げてくれました♪とかですから到底耳をふさげません。

 音自体は加工されて靄がかかったようなサウンドがまるで電子の雲のようなイメージを喚起して、エレクトロニクス・ミュージックになっているのが面白いです。これが外国語だったならば、普通に面白いアルバムとして楽しめたのでしょうが、日本語だとそうはいかない。

 日本語ネイティブにとっては、ミックスされた懐かしのCM集ですから、あの頃のCMにまつわる情景が目に浮かんでもきます。しかもあの頃のCMにこんな可能性が秘められていたのかと驚いてしまいます。けっして日本語ネイティブにはできない作品でしょうね。

Sleepline / New Dreams Ltd. (2016 Aguirre)