「レコードを発表したって、レビューもされないし、ラジオでもかかりゃしない。もう耐えられないと思った」ということで、クリス・スペディングはイギリスから脱出して、ニューヨークに活動拠点を移すことにしました。1978年8月のことです。

 前作「必殺ギター」をプロモートすべく、ツアーに出たクリスでしたが、結果は少なくとも商業的には惨憺たるもので、大きな赤字を出してしまいました。加えて、新しいシングル「ボアード・ボアード」もラジオでさっぱりかからなかったことが引き金になった模様です。

 ニューヨークでは同じ革ジャン野郎ロバート・ゴードンのアルバムに参加した後、心機一転、新たなアルバムを制作しました。それが、この「ギター・グラフィティ」です。不敵な表情を浮かべるクリスのどアップをジャケットにもってきました。

 前作のジャケットの方がよほど「ギター・グラフィティ」らしく思えますけれども、サウンドを聴けば、まさに本作こそがギターの落書きであることは納得できます。ソロ・アルバムでは封印されていたクリス・スペディングの長々としたギター・ソロが満開なんです。

 アルバムB面の大半は「必殺ギター」ツアーのライブ音源を使っており、そのうちの「フロンタル・ロボトミー」と「モア・ロボトミー」は、ライブでのギター・ソロ部分を取り出して編集した楽曲です。まさにロボトミーなわけです。クリスによれば「曲ですらない」。

 クリスはもともとベスト・ジャズ・ギタリストを競っていたような人ですから、そのテクニックには定評があり、ここで聴かれるギター・ソロはやはりなかなかのものです。ばりばり、ぶきぶきですけれども、流れるようなギター・ソロです。かっこいいです。
 
 そういう人だけに、これまでソロ・アルバムでこうしたギター・ソロをやってほしいと何度も言われたのでしょう。「そんなに皆が退屈なギター・ソロが欲しいならくれてやる」とロボトミーを実施しました。「自分の音楽はギター指向ではない」のにとやや不本意そうです。

 言い忘れていましたが、今回はセルフ・プロデュースです。他人にプロデュースをやってもらうと、まずどういうサウンドにしたいのか説明しないといけないけれど、自分でやってしまえば、アイデアをそのまま形にできるんだ、ということからのセルフ・プロデュースです。

 そうでなければB面の冒険もなかったでしょう。そして実はA面のポップ・サイドも実験的です。「タイム・ワープ」は「スペース・オディッティ」的なSFで近未来ギターが炸裂します。ニューウェイブ的な「ビデオ・ライフ」、「ラジオ・タイムス」はまるで「ロンドン・コーリング」のよう。

 ボートラ収録の先行シングル「ガンファイト」はまるでマカロニ・ウェスタンなギター・プレイのインストゥルメンタル曲です。クリスは何とか多くの人に自分の音楽を届けたいと試行錯誤を繰り返していることがよく分かります。しかし、これも良い作品なのに売れませんでした。

 ところで、バンドは、スティーヴ・カーリー、デイヴィー・ルットン、トニー・ニューマンのTレックス組が中心です。ここにセカンド・ギターでミック・オリバー、前作に引き続いてパーカッションのレイ・クーパーなどが加わります。全然ニューヨークっぽくはありませんね。

Guitar Graffiti / Chris Spedding (1979 RAK)