バウルはユネスコの無形文化遺産に登録されたインドの吟遊詩人のことです。個人名ではなく、吟遊詩人を指す呼称です。ただし、インドは広い。バウルはベンガル地方の放浪の吟遊詩人です。北インドや南インドとは別世界ですから要注意です。

 実際、私はニューデリーに住んでいた時に、バウルのことを知っている人はほとんどいませんでした。もちろん西ベンガル州の州都カルカッタなどでは有名でしたが。インド映画の巨匠サタジット・レイですら、ベンガルを離れると知名度が格段に下がりますから仕方ありません。

 この作品は、現在、世界で最も有名なバウルと言えるパルバティ・バウルが来日した際、郡上八幡音楽祭にて、土取利行と一緒に披露したパフォーマンスを収録したライヴ・アルバムです。2018年6月のことでした。

 パルバティは、ベンガルの詩聖タゴールが創設したシャンティニケタン芸術学園で学んだ後も、バウルの師について修行を続け、今や世界各地で注目されるバウルの一人となった人です。彼女の歌声は「魂の響き」と称されています。

 このステージで、彼女はドゥッギと呼ばれる腰につける小さな太鼓と、一弦の弦楽器エクタラを奏でながら歌います。足には鈴がついており、時にはステップに合わせてを鈴もなります。吟遊詩人ですから基本的には一人で完結する形です。

 しかし、ここでは世界的なパーカッショニストで郡上八幡音楽祭とゆかりの深い土取利行がインドの擦弦楽器エスラジでパルバティを支えます。さらにパルバティへの返歌として亡き妻桃山晴衣が取り組んでいた梁塵秘抄を三味線で披露しています。

 二人はステージの前日に初めて会ったということです。土取も若い頃シャンティニケタンでタゴールソングやエスラジを学んだことがあるそうで、同窓生でもあり、伝統的な音楽をよみがえらせるという音楽的志向も似ていたためか、すぐに意気投合しています。

 パルバティは8世紀から12世紀の仏教歌「チャリャー・ギーティ」こそがバウルソングの祖だと見抜いて歌として甦らせています。今では常識となっていますが、彼女の功績です。このステージではその世界を存分に歌っていて素晴らしいです。

 「一途に神を求め歌い踊るバウルを、人は風狂の徒と呼び、放浪者と呼ぶ」。土取はそう書いています。その一途さが自由をもたらしています。彼女の歌声はとても自然です。古典的な声楽は声音をつくったり、独特の歌唱となりがちですが、バウルにはそれはありません。

 言ってみれば普通の歌なのですが、それが凄い。形式から自由なんじゃないでしょうか。迸るエネルギーは形式的な理解を経ずにダイレクトに響いてきます。普通の声なのに軽やかで力強くて美しい。湿り過ぎても乾き過ぎてもいない。香気が匂い立つようです。

 最後の締めは観客とともに歌います。これが面白い。延々と同じフレーズを繰り返すのですが、だんだん観客の歌もこなれてくるんです。パルバティに煽られるように、最後は宗教的とも言える一体感に成長します。これぞ歌の力だと思いました。

Poroshpor / Parvathy Baul with Toshi Tsuchitori (2019 サキプロ)

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