大変な難産の末に誕生したティアーズ・フォー・フィアーズの3枚目のアルバムです。前作が予想に反して1000万枚の大ヒットを記録しただけに難産も当然です。精神療法などを行ってきたコンビですからなおのこと世間の期待を鮮烈に受け止めたことは想像に難くありません。

 ついにローランド・オーザバルとカート・スミスのデュオとなったティアーズ・フォー・フィアーズは、本作品の制作のために「レコーディング・スタジオ9ケ所、プロデューサー4人、100万ポンド近い制作費」、そして「制作期間3年」を費やしました。

 その過程で、これまでのプロデューサー、クリス・ヒューズやアレンジを担当していたメンバー、イアン・スタンレーとも袂を分かち、結局、最終的にはエンジニアのデヴィッド・バスコムの助けを借りながらセルフ・プロデュースで仕上げることとなりました。

 ひとつの曲のドラムの編集だけで15日間を費やすという調子で仕上げているだけに、全8曲は隅々まで気配りが行き届いています。角刈りなのに毎日やってくるお客さんを散髪する床屋さんのような作業を3年間も続けたわけです。逆によく完成したものです。

 彼らは前作発表後、1985年春に全米ツアーを行い、コンサートとプロモーションに追い立てられる1年を過ごします。エレクトロ・ポップだけに、毎日同じことの繰り返しとなり、自分たちの音楽から次第に疎外されていくに至りました。

 そんな時にカンザスシティのホテルのバーで出会ったのがオリータ・アダムスです。小さなバンドを従えた彼女の歌に「感激で涙が出ましたね」というオーザバルは、「ああ、僕は何かを間違えているんだ。また原点に返らなければ」と思います。

 カートも「僕たちは単にもっと感性豊かな音楽をやりたかったんです」、「それは機械じゃできないんですよね。もっとたくさんのミュージシャンを集めて皆でやらないとだめなんですよ」と、これに賛同し、新たな意識で本作品が作られることになりました。

 言葉通り、豪華なゲスト・ミュージシャンが参加しています。マヌ・カッチェ、フィル・コリンズ、ジョン・ハッセル、サイモン・フィリップス、ピノ・パラディーノなどの有名どころ、彼らの意識を変えたオリータ、5曲を共同で作っているキーボードのニッキー・ホランドなどが注目されます。

 サウンドも随分オーガニックになりましたし、エレクトロニクスの使い方も洗練されて、エレ・ポップという言葉は無縁なものになりました。しかし、大勢で一緒にやるからといってライヴ感覚はありません。なんたって最終段階で18ヶ月も編集だけに費やすわけですから。

 そうして宝石のように輝く泥団子アルバムが完成しました。一音一音磨き抜かれたアルバムですから美しくないわけはありません。オリータのソウルフルなボーカルも、「シーズ・オブ・ラヴ」のビートルズ風サイケもすべてが入念な仕上げによって同居して違和感がありません。

 前作ほどではありませんが、商業的にも成功したことで、決して独りよがりなアルバムでないことも証明しています。まさに完璧なアルバムだというわけです。この後のツアーでコンビが解散してしまうのもしょうがないと思わせる完璧さでした。凄いアルバムです。

The Seeds Of Love / Tears For Fears (1989 Mercury)