フランク・ザッパ先生は膨大な作品を残していますけれども、ベスト・アルバムというものが極端に少ないです。生前発表された公式ベスト・アルバムはわずかに1969年の「マザーマニア」のみ、後は1997年の「ハヴ・アイ・オフェンディッド・サムワン」があるだけです。

 もちろん日本独自企画やらレコード会社主導のものは数多くあるのですが、公式ディスコグラフィーに認知されているのはこの2枚のみでした。本作はそこに新たに付け加わったコンピレーションです。その名も「アンダースタンディング・アメリカ」、2枚組全31曲です。

 このコンピレーションはザッパ先生が編集したものです。先生手書きのラベルを貼ったマスターテープが残されており、その日付は1991年2月3日ですが、ヴォールトマイスターのジョー・トラヴァースによればプログラム自身は1989年に出来上がっていたそうです。

 デビュー作となる1966年の「フリーク・アウト」から1988年の「ブロードウェイ・ザ・ハードウェイ」までのアルバムから選曲されており、それぞれ微妙にタイムが違ったりするのですが、未発表曲と言える曲は「ポルノ・ウォーズ・デラックス」のみです。

 これは「ザッパ検閲の母と出会う」に収録されていた約12分の「ポルノ・ウォーズ」を倍以上の25分に拡張したデラックス・バージョンです。ザッパ先生が米議会公聴会に出席した際の各議員の発言を使った曲ですから25分でもまるでネタに困ることはありません。

 公聴会の模様をたっぷり収録した「コングレス・シャル・メイク・ノー・ロー」が出ている今となっては発言自体に新たな発見はありませんが、ここでは先生の楽曲のコラージュがえげつないことになっていて、大きなインパクトを残します。

 ホーキンス議員の発言の後にはずばり「セックス」が流れます。ゴートン議員がザッパ先生をなじった直後には「ブラウン・シューズ・ドント・メイク・イット」の妄想親父の白昼夢が出てきますし、終わった後には「アウト・アット・ラスト」。皮肉がきいています。

 そもそもこのコンピは「ポルノ・ウォーズ・デラックス」を中心に編まれています。ザッパ作品の中からアメリカ社会の暗部に切り込んだ作品が選ばれており、まさに「アンダースタンディング・アメリカ」の内容となっています。トランプ大統領の時代にさらに輝きを増しています。

 単なるベスト・アルバムであれば、「ジョーのガレージ」の「セントラル・スクルーティナイザー」だとか、「シング・フィッシュ」のイントロなどは選ばれないでしょうし、ラストが「ジーザス・シンクス・ユーアー・ア・ジャーク」にはならないでしょう。極めて政治的です。

 さて、サウンドなんですが、これがとても懐かしい。というのも現在流通しているものとは異なる1980年代に発売されていたリマスター音源に近いものが使用されているからです。サイバーな感じであまり評判の良くない音源でしたが、今となっては懐かしく感じられます。

 ザッパ先生の代表曲が網羅されているというわけでは毛頭ありませんが、「ポルノ・ウォーズ・デラックス」だけでも価値がありますし、何よりも現代アメリカ社会を考えるうえで、格好の材料を提供してくれるという優れた作品であると思います。

Understanding America / Frank Zappa (2012 Zappa)