甲斐バンドと言えば「ヒーロー」だという人も多いことでしょうが、私には断然「裏切りの街角」です。高校時代に聴いたこの曲はカラオケなどなかった時代でしたが、歌いたいと強烈に思わせる曲でした。アルバムの帯に刻まれた「宿魔の危険性」を感じました。

 このアルバムは甲斐バンドの実質的なデビューアルバムと言われる2作目のアルバムです。福岡で結成された甲斐バンドはアマチュア時代に地元では大いに人気のあるバンドでした。そして「九州最後のスーパースター」のキャッチフレーズで全国デビューします。

 そして2枚目のシングル「裏切りの街角」がロングセラーとなり、日本有線大賞で優秀新人賞を受賞するというまずまずのスタートを切りました。「裏切りの街角」は福岡のブルースを感じさせるねっとりとした熱い曲で、本当によく聴きました。いい曲です。

 この翌年、小林よしのりが「東大一直線」を少年ジャンプに連載開始します。ゴー宣以降は苦手なのですが、この頃の小林は本当に面白かった。その彼がしばしば漫画の中で甲斐よしひろに言及します。同級生らしいんです。それ以来、甲斐バンドと言えば小林よしのり。

 余談はさておき、1975年に発表された「英雄と悪漢」は面白いアルバムです。ここからのシングル曲は「裏切りの街角」と「かりそめのスウィング」の2曲、前者はタンゴっぽいですし、後者はスウィングです。若いバンドらしく、冒険心に富んでいます。

 ストリングスを目いっぱい使用した曲、ベース一本で伴奏しているかのような印象を残す曲など一工夫も二工夫もした後が見られます。決して3コードでガンガン押していくタイプのバンドではないということです。彼らの本質はフォーク歌手のそれであろうと思います。

 極めつけは最後の曲「絵日記(薔薇色の人生)」です。この曲は二つの曲が合体してできています。「薔薇色の人生」を「絵日記」の中に埋め込んて入れ子にしたような構成です。余韻を残す見事な試みです。しかもそこだけ編曲者が違う。斬新です。

 一方、やや異質の重めのロック・チューン「一日の終り」は甲斐よしひろではなく、メンバーの松藤英男と長岡和弘の二人が曲を作り、長岡が唄っています。リーダーはもちろん甲斐よしひろですけれども、メンバーの多様さがいいケミストリーをもたらしているのでしょう。

 アルバムに封入されている甲斐よしひろのセルフ・ライナーが面白いです。ルーズリーフの一枚に手書きで書かれたそこには、甲斐バンドのイメージがデビュー作から変化していることに対する悪評に向けられた甲斐のアーティスト論がつづられています。

 デビュー作は「ただ吹き込む事のみに全力を傾けた」のに対し、本作は「もっと現実に足をつけた、もっと僕ららしいアクの強さのある曲づくり」を目指しています。そのアクの強さの最初の一つが「裏切りの街角」で、そこに「悪評サクサク」だったというわけです。

 「僕は変わりゆくことが望みです。何事にも縛られたくない」、「血の通った、人の心を動かさずにはいられない曲をいつもいつも作っていたいということしかないのだから」。当時のシーンをよく表しています。甲斐バンドの宣言は言葉通り本作に実現したと言えるでしょう。

Eiyuu To Akkan / Kai Band (1975 Express)