ジャケットに写る赤いベレー帽を被って敬礼している男がキャプテン・センシブルことレイモンド・バーンズです。救命ボートに乗っていち早くキャプテンとともに脱出しようとしているのは、エリザベス女王とサッチャー元首相のそっくりさんお二人です。

 皮肉がきついです。もちろん船長が真っ先に脱出してはいけないわけですけれども、国のかじ取りを任されたお二人が先に逃げてはいけません。昨今のBREXITを巡るごたごたを見ていると、この皮肉が皮肉でなくなっているのが恐ろしいです。

 キャプテン・センシブルは「英国3大パンク・バンドのひとつダムドのオリジナル・メンバー」です。その彼がダムドの活動を続けながら発表したソロ・デビュー・アルバムが本作品です。先行したシングル「ハッピー・トーク」の大ヒットもあって、本作もまずまずの成功を収めました。

 しかし、3大パンク・バンド云々と紹介されて思い浮かべるサウンドとはまるで異なります。なんたって、代表曲にして最大のヒット曲「ハッピー・トーク」はミュージカル「南太平洋」の挿入歌ですから。しかもそれをパンク的に料理しているわけでもありません。まさにハッピー。

 「南太平洋」は1949年に初演されたロジャース=ハマーシュタインの傑作ミュージカルでビートルズ以前の米国ヒットチャートを席巻した作品です。もともと「ミュージカルや映画音楽が好きだった」キャプテンからのパンク・キッズへのメッセージです。

 もう一つの冒険は、生のジャズ・バンドとともに、ディキシー・ランド・ジャズのスタンダードである「ノーバディズ・スウィートハート」を取り上げたことです。こちらも比較的ストレートにジャズを決めています。まさに時代はニュー・ウェイブ、何でもありの時代でした。

 その他の曲はキャプテンのオリジナルで、シングルカットされた「ウォット」などはディスコ・ファンクのチープ・シックな曲ですし、全体に軽やかで楽しい曲ばかりです。3大パンクの中でもダムドはお笑い担当であったことを思い出すと意外に違和感はありません。

 本作におけるキャプテンのパートナーは、ニュー・ミュージックで知られるトニー・マンスフィールドです。キャプテンがギターを弾いて歌ったものに、トニーがサウンド・トリートメントを施していくという形でアルバムの制作が進められていきました。

 当然トニーはプロデュースであり、シンセとパーカッションでサウンド全体を飾っていきます。ここに女性三人組のポップ・バンド、ドリー・ミクスチャーがコーラスをつけていく。基本はそれだけです。件のジャズ・バンドを別にすれば後はゲスト2人が一曲ずつ係わるのみです。

 ゲストは元ソフトボーイズのSSWロビン・ヒッチコックとひねくれポップのスタックリッジの元メンバー、ロッド・ボウケットの二人です。いいアクセントになっています。和気あいあいとした中での制作だったのだろうなと何だかこちらも楽しくなります。

 シンセ普及期のエレポップを古き良き時代のサウンドと融合させ、ポピュラー音楽シーンに奥行きをもたらした重要な作品として、もっと評価されても良い作品なので、CD化が随分遅れてしまったのは残念です。やはり分別船長がいち早く船を脱出したからでしょうか。

Women And Captains First / Captain Sensible (1982 A&M)