本作品の冒頭を飾る「ハート・イン・ニューヨーク」のイントロが流れてきた瞬間、これはサイモンとガーファンクルだ、と思った人は私だけではないでしょう。アルバム発表の翌月にはセントラル・パークにてS&G復活ライヴでこの曲を披露し、違和感がありませんでした。

 この作品にはプロデューサーとして、S&Gを支えたロイ・ハリーが戻ってきました。彼とアートの共同プロデュース・アルバムです。ポール・サイモンも短いですがゲスト参加していますし、アートは「スカボロー・フェア」から一節を引用してもいます。

 おそらくはこのために日本のレコード会社も気合を入れました。しばらくさぼっていた各楽曲への邦題付与も復活しましたし、アルバム・タイトルにもシングル曲の邦題「北風のラストレター」を追加してます。それに曲順まで変えました。

 そのかいあって「北風のラストレター」はそこそこヒットしたようです。ニューヨークのロック・バンド、タイクーンのキャッチーな曲で、いかにも日本人向けのこの曲を日本独自にシングル・カットしたセンスはさすがです。私もこの曲は好きです。

 しかし、「北風のラストレター」はアルバムを代表する曲ではありません。前作から本作に至る時間に、恋人だったローリー・バードが自死してしまうという悲劇に見舞われ、そのことが色濃く影を落とす、アート・ガーファンクルのとてもパーソナルなアルバムなんです。

 本作品のジャケットにはアートの顔のアップが写っているだけで、よく見ると首に絆創膏が貼ってある他、特に変わったことはありません。しかし、この写真から受ける印象はとても奇妙なものです。笑顔なのに心がここにないような気がします。

 裏ジャケはローリーの唇から胸元にかけての写真。こちらはカラーです。アルバムは当然、ローリーに捧げられています。「ローリーは私の人生で出会った最高の出来事だった。今、私はそれを失ったんだ」。アートは80年代を通してこのことを引きずります。

 当然、この作品に色濃く影を落としており、それが顕著にでるのはポール・サイモンが参加したジミー・ウェッブ作品「美しき若葉の頃」です。後半でアートは♪そこに住むある人によろしく、彼女はかつて私の恋人だった♪と「スカボロー・フェア」を引用します。

 この曲、そこに続くギターがポールそのもの。ここでもまたS&Gを否応なく思い出してしまいます。アートの人生はローリーを失ったことで、大きく動揺して、前向きに過去に逃げ込んだのかもしれません。いたたまれない気になるアルバムです。

 しかし、米国でも英国でもさっぱりでした。シングル・カットは「ハート・イン・ニューヨーク」で、「愛への旅立ち」も書いているスコットランドのデュオ、ギャラガー&ライルの曲です。これもトップ40に入ることが出来ませんでした。

 アルバムの成り立ちからしてもっと人気が出ても良かったはずです。しかし、アート・ガーファンクルは高性能なボカロのようなところがあり、そのちょっとハスキーな歌声には乱れが生じないのが大ヒットを阻んだ理由ではないでしょうか。

Scissors Cut / Art Garfunkel (1981 Columbia)