ルカ・グァダニーノ監督の「サスペリア」は恐ろしい映画でした。ホラー映画のリメイク版という緩い感じの言葉からは計り知れない深い深い作品です。途中から息をするのを忘れてしまうほどのそれはそれは恐ろしい映画でした。

 本作品はそのサウンドトラックです。グァダニーノ監督はレディオヘッドのトム・ヨークに白羽の矢を立てました。最初は躊躇したヨークでしたけれども、盟友ジョニー・グリーンウッドの映画音楽での仕事を横目で見ていて、一歩踏み出すことにしました。

 ジョニーからは、「なにがなんでも映画音楽をつくろうと思うな」、すなわち「自分のやり方でやれ」ということと、「脚本を読み込むこと」というアドバイスをもらい、ヨークは忠実になぞります。そのおかげで、本作は普通にソロ・アルバムとしても聴ける作品になっています。

 ヨークは脚本を2、3週間かけてじっくり読み込んだそうです。この作品は、西洋絵画がそうであるように、作品の細部にも深い意味が隠されているとともに、構造そのものが大きな意味を持っているというとんでもない作品です。頭がフル回転した3週間だったことでしょう。

 脚本を読んで仕事を受けることを決意したヨークは、それから1年半をかけて本作品を制作していくことになります。出来上がった映像をみながら制作したわけではなく、音楽が先なんだそうです。むしろ監督は撮影時にこの音楽をかけていたということです。

 ただし、重要なダンスシーンでは、「コレオグラファーと会って、ダンスのリハーサルシーンに立ち会い、説明を受け」て制作に臨んだそうですから、映像と音楽が絡み合いながら作品が出来上がってきたということなのでしょう。不可分一体なんですね。

 サウンドトラックはオーケストラと合唱団が一部使われていること、ヨークの息子さんがドラムを少し叩いていることの他はすべてトム・ヨーク一人でサウンドを作っています。そして何曲かではヨークのボーカルも聴く事ができます。

 物語は1977年のベルリンを舞台に展開します。そうです。デヴィッド・ボウイが「ヒーローズ」を発表した年のベルリンです。そこに至るクラウト・ロックの蓄積が花開いた時期ですから、イギリス生まれのアーティストたるヨークにとっては「ある意味で夢の時代」です。

 ナチス・ドイツの記憶も生々しく、壁で分断されていたベルリンは、そこで暮らす人々に人間の本質とは何かを深いところで問いかけ続けていたことでしょう。そこに魔女がいたとしても何の違和感もないし、クラウト・ロックの深い森は格好の住処でもあったでしょう。

 ヨークはドローンを多用した美しくて強靭なサウンドを作り上げています。欺瞞に溢れ、闘いに満ちた作品世界を表現するサウンドとしてはこれ以上ありません。意識の奥のそのまた奥に訴えかける見事なサウンドは、不穏な方向に進みつつある現代のサントラでもあります。

 ジャケットに描かれた手と目は、衣装デザインを担当しているジュリア・ピエルサンティによるものです。鮮やかなショッキング・ピンクとブルーのコントラストがレトロ・モダンな映画と音楽を見事に表現しています。この何とも近づけそうで近づけない感覚が素晴らしい。

参照:「トム・ヨーク、はじめてのサントラ『サスペリア』体験を語る wired.jp

Suspiria / Thom Yorke (2018 XL)