ジャーマン・プログレ史に残る傑作をものしたアシュ・ラ・テンペルですけれども、あっという間にクラウス・シュルツェが抜けてしまいました。この件で、シュルツェはバンドを作っては一作だけで抜けていく男として評判になりました。さすらいのアーティストです。

 マニュエル・ゲッチングとハルトムート・エンケの二人になったアシュ・ラ・テンペルは、以前一緒にブルース・バンドを組んでいたドラムのウォルフガング・ミュラーを呼び戻すこととして、新たな三人組として再出発を図りました。気心のしれた仲間だけになったわけです。

 このアルバム「振動」は、新たなトリオとなったアシュ・ラ・テンペルにゲストを迎えて制作されています。ゲストの中では何といってもボーカルのジョン・Lが目立ちます。前作ではボーカルらしいボーカルはありませんでしたが、この作品ではしっかり彼が歌っています。

 ジョンはこれまた伝説のクラウト・ロック・バンド、アジテーション・フリーにも在籍したことがある人で、本作にいかにもサイケデリックど真ん中な香りをもたらしました。一応、カンのマルコム・ムーニーやダモ鈴木の役割を果たしていると言えば分かるでしょうか。

 この作品では曲のカウントは3曲になっていますけれども、A面は「ライト・アンド・ダークネス」という副題の下で、「ライト」と「ダークネス」の2曲に分かれ、B面は「振動」という曲が「探索」と「愛」という二つのパートに分かれており、実質両面1曲ずつ、前作と同じ作りです。

 前作ではギンズバーグの詩がジャケットに印刷されていたのに対し、本作ではオリジナルと思われる「花は死ななければならない」と題された詩が印刷されています。これをどう読み解くか、意見は分かれるでしょうが、私は若気の至りが亢進したのだと思います。

 クラウス・シュルツェという重鎮が去って、ほぼ同世代の仲間たちだけでサイケデリックに挑むことになり、一層高揚感に包まれたことでしょう。サウンドはより分かりやすく実験的になりましたし、歌詞もサイケ全開です。♪ウィー・アー・オール・ワン♪。

 ドラッグでハイになった若者たちの狂乱とも言うべきサウンドです。しかし、さほど珍しくもないこういうバンド群の中にあって、アシュ・ラ・テンペルが際立っているのは、やはりゲッチングのギターです。彼だけは常に冷静にギターを唸らせます。

 当時はシンセサイザーがまだ普及していたわけではありませんから、エレクトロニクス・サウンドは楽器とも言えない電子機器からとられています。美しいヴァイヴの音やギターの音色にエフェクターをかけてサウンドを生み出していく。冷静でないとできない技です。

 その冷静なサウンドの構築と、いかにもサイケデリックな高揚感が合体しているところに本作でのアシュ・ラ・テンペルのサウンドの面白さがあります。乱痴気騒ぎをしたいけれども、そうはできない、そんな真面目さを残したバンドです。

 もともとピンク・フロイドのサウンド機器を買ったことから誕生したバンドだけに、サウンドのあちらこちらにフロイドの影を見ることは容易です。その影が美しいメロディで作品に一本筋を通しているのかもしれません。それがアシュ・ラ・テンペルの真面目さです。

Schwingungen / Ash Ra Tempel (1972 Ohr)