高木正勝は兵庫県と京都府の境にある山間の集落に住んでいます。私には似たような生活を送っている友人夫婦がいます。自然の中で愛に溢れる生活を送っていて、逞しい限りですけれども、十分田舎者の私でもそんな生活は無理です。

 とはいえ、一度はそんな生活を夢見るもの。それを高木が代わりに実行してくれているものと思えばこれほどありがたいことはありません。自然の中での生活のいいところだけをこうして都会の家の中で経験することができる。感謝しましょう。

 高木正勝は1979年生まれで、「長く親しんでいるピアノを用いた音楽、世界を旅しながら撮影した『動く絵画』のような映像、両方を手掛ける作家」です。「おおかみこどもの雨と雪」や「バケモノの子」のサントラの他、CM音楽を多数手がけています。

 この作品は「兵庫県の山間にある小さな村の自宅にて、家の窓を開け放って、自然を迎え入れ」て制作された即興ピアノ曲集です。高木はこれを「マージナリア」と名付け、2017年4月から曲ができる都度、発表してきました。

 「マージナリア」は2017年4月8日に#1が録音され、以降、本作発表時には#50を超える曲が制作・発表されています。本作品はそのうち13篇が選ばれて収録されました。記念すべき#1から最新は#40、2018年5月18日です。

 どの曲も、事前に用意されていない完全な即興演奏で、「重ね録り、手直しはせずに、ありのままに」制作されています。窓を開け放って録音していることがポイントで、山間の自然音が微かに聴こえてきます。「自然を迎え入れる」ことが重要なコンセプトです。

 高木曰く、「その日その時、響き合った、ピアノと自然が奏でた音楽をそのままに、耳を山に預けてピアノを弾く、自然もピアノを聴いてくれているなら、自然を主旋律として、ピアノは調和を」。高木がピアノを弾いているその光景を追体験することができます。

 各曲には制作日時が時間まで書いてあります。これは重要です。春なのか秋なのか、朝なのか昼なのか。春には春のスーパースター、鴬が登場しますし、秋は当然ながら虫の合唱が聴こえてきます。そして、最後の曲には雷鳴が轟きます。

 背景には人工音と思われるサウンドも入っており、想像を逞しくします。いずれにせよ、背景を捉えようと耳が敏感になることで、ピアノを含めた曲全体への集中力が高まり、高木の部屋に飛んで行ってしまいます。空間全体が目の前に現れる。

 ピアノと、ときおり聴こえる高木の声を含め、攻撃的なそぶりはありません。かといってアンビエントというわけではなく、自然とは混じり合うことがありません。ピアノは究極の人工楽器ですから、自然とはあくまで対峙するものです。その距離がいいです。

 自然を征服するでもなく、没入するでもなく、ちょうど良い自然との向き合い方です。それがなかなか得難いものであるからこそ、高木のピアノが光ります。美しい音色に耳を傾ける「鳥や虫に獣」、「草花や樹々」の姿が浮かんできます。

Marginalia / Masakatsu Takagi (2018 ワーナー)