本作品が発表された時、インドのヒットチャートでは、このスクビールとラビが激しく首位争いを演じていました。その名の通り、律法学者のようなラビに対し、こちらはとても現代風の風貌で、普通にヒップホップ・スターの佇まいでした。

 アルバムのプロモーションのために、TV出演していたスクビールはインタビューの受け答えも含めて、とても好感のもてる爽やかな若者でした。その番組に寄せられた視聴者からのメッセージは、10代女性を中心にアイドルに向けたような熱いものでした。

 スクビールは1969年にパンジャブ州で生まれました。インド生まれです。そして、生後まもなくケニアに渡り、ナイロビで20年過ごした後にインドに戻ってきました。しかし、大人になっていたスクビールはやがてロンドンに移り住みます。

 ロンドンで数年間を過ごした後、1994年にドバイに居を移し、以降、ドバイを拠点に活動しています。ボーダーレスな響きですが、ナイロビもロンドンもドバイも強固なインド人コミュニティーが存在しますので、彼は印僑世界を渡り歩いているとも言えます。

 本格的なデビューはドバイに根城を構えた後、1996年のことです。バングラを追及したスタイルのデビュー作はいきなりミュージック・チャンネルのチャンネルVでアウォードを獲得し、以来、スクビールはバングラのプリンスとして人気を博しています。

 「君と踊ろう」と題された本作品は通算7作目のアルバムとなります。スタイルはもちろん典型的なバングラです。パンジャブ生まれで、ロンドンで育ったバングラですから、同じような経歴を辿ったスクビールなどはさながらバングラの申し子です。

 スクビールはマルキット・シンとダラー・メフンディという二大バングラ・スーパースターをライバル視する発言をしています。確かにその資格はあると思いますが、恰幅のいい二人のおっさんと並ぶとかなり違和感があります。特にダラーとは二歳違いとはとても思えない。

 それにスクビールの音楽は、どこをどう切ってもバングラに違いありませんが、泥臭さをほとんど感じない、極めて洗練されたサウンドです。とても聴きやすくて、尖っている方向が異なります。イメージとしてはアッシャーとかニーヨの感じ。熱いけれどもクールでスムーズ。

 ドバイ・ベースというところが影響しているのでしょうか、アルバム・ジャケットといい、MVといい、インドらしい過剰な表現がそれほど見られません。あくまで相対的にという意味ですが、とてもあっさりした作りだと思います。

 そして、スクビールの声がとても綺麗です。バングラの歌手は野太いというか力強い声の人が多いので際立ちます。本人はガザルの影響を強く受けたと言っている通り、ガザルを歌っても違和感がないと思います。ユニークな歌手です。

 彼のユニークさはヒップホップとレゲエとバングラを融合させたサウンドというインド誌の指摘にも表れています。ただ、この三者の境界はもともと曖昧なものでしょうし、基本は典型的なバングラですから、インドの評論家の耳には若者向けと響いたことを表現したに過ぎません。

Tere Naal Nachna / Sukhbir (2008 T-Series)