西アフリカにあるマリ共和国は、13世紀にはマリ帝国として栄えた土地柄です。内陸国で大河ニジェール川は流れているものの、アルジェリアと国境を接する北部は全域がサハラ砂漠です。なお、有名なパリ・ダカール・ラリーは首都バマコを経由します。

 ティナリウェンはマリ北東部のトゥアレグ人のグループです。トゥアレグ人はもともと遊牧民でサハラ砂漠を支配していたベルベル系の民族です。西欧列強による植民地支配が終わっても、彼らの居住地は多くの国にわかれ、結局国家のない民族になっています。

 ジャケットに描かれているギターに「イシュマール」と書かれています。文字通りの意味は「失業者」ですが、大都市に居住し始めたトゥアレグ人の若い世代を指す言葉として定着してしまった様子です。ティナリウェンはイシュマールによるグループです。

 トゥアレグ人は何度も独立を求めて紛争を起こしており、2012年には北部を一時制圧するにまで至ります。最初の抵抗運動は1990年のことで、マリとニジェールを舞台に1996年に武装解除されるまで続きました。

 ティナリウェンは1979年には結成されていたそうで、トゥアレグ抵抗運動の時には、彼らの音楽がトゥアレグの若い戦士たちのサウンドトラックとなっていたそうです。イシュマールたちの士気を鼓舞する闘いの歌を歌っていたということです。

 その後も同胞のために歌い続けたティナリウェンは、やがてレコーディングの機会を得ることとなり、本作がその2枚目のオリジナル・アルバム「アマサクル」です。旅行者を意味するタイトルは、砂漠を旅する遊牧民出身の彼らにはこの上なく相応しいです。

 彼らのサウンドは、ドローンのようなリズムも素晴らしいですが、なんといってもとても生々しくて艶っぽいギターにとどめを刺します。ティナリウェンの音楽を指して「砂漠のブルース」という言葉が出来上がりました。その称号に相応しい音楽です。

 「複数の原始的な音のエレクトリック・ギターと、チャントのような歌、そして手拍子をはじめとする素朴なパーカッションだけのサウンドには不思議なほどの引力があり、これこそブルーズ発祥の音かと考えさせられます」。ピーター・バラカン氏の言葉です。

 ブルースのオリジンを考えてみると、独立を求めて戦うトゥアレグ人の苦悩を吸い込んだティナリウェンの音楽はその心情にまことに近いということができます。遊牧民の伝統音楽と欧米の音楽が出会う場所に登場したことも大きい。

 この2枚目は、前作よりもじっくり時間をかけて制作されており、4人の奏者によるギター・サウンドが、サブサハラの音楽とマグレブの音楽が同居する得も言われぬリズムとともにタイトに編み込まれていくさまは素晴らしいです。凄味があるんです。

 その凄味は呪術的なものでもあります。ここまで原初の混沌とした魅力を発する音楽はなかなか出会うことが難しいです。このアルバムは2004年、トゥアレグ人の最大の闘争は2012年です。一転彼らは悪魔の音楽と指弾されることになります。力ある証拠です。

参照:「魂のゆくえ」ピーター・バラカン

Amassakoul / Tinariwen (2004 Wrasse)