クラシックの名門レーベルと言えば、デッカ、ドイツ・グラモフォン、フィリップスなどでしょうか。村治佳織はその一つであるデッカ・レーベルと日本人アーティスト初の長期専属契約を結びました。これは日本クラシック界においては一つの事件だったことでしょう。

 「よほどのことでもないかぎり、メジャー・レーベルは、商業的に大きなリスクを覚悟しなければならない若い演奏家のためにレコーディングの機会を設けたりしない」と黒田恭一氏が解説しています。よほどデッカに惚れ込まれたということなのです。

 この作品はそのデッカ・レコードからのデビュー作です。通算すると8作目の作品です。タイトルは「トランスフォーメイション」、変身です。心機一転、新たな旅立ちを彩るにふさわしい題名だと思います。テーマは「誰もが口ずさみたくなる作品」でしょうか。

 私がクラシック・ギターの魅力に目覚めたのは、村治佳織・奏一兄弟による「不良少年」を聴いた時でした。村治ファミリー・コンサートでの演奏で、まだ二人とも学生さんでした。武満徹の凍ったメロディーを若い二人がクールに弾いたその演奏には鳥肌が立ちました。

 この作品には「不良少年」を含め、武満徹の作品が数多く収録されています。まずは、武満徹が「私はギターという楽器が好きです」との一文を寄せた「ギターのための12の歌」という編曲集からの選曲です。この編曲集は「自身のよろこびのために」作られています。

 その中からは「ヘイ・ジュード」、「ミッシェル」、「ヒア・ゼア・アンド・エヴリウェア」、「イエスタデイ」と四曲のビートルズ作品を冒頭に、「オーバー・ザ・レインボー」と「ロンドンデリーの歌」を終わりに持ってきて、これが他の作品を挟む構成になっています。

 挟まれているのは武満の「ヒロシマという名の少年」と「不良少年」、そして「画家パウル・クレーの同名の作品から受けた印象が、パステル風の淡い色彩で描かれた、4つの異なる線の音楽として作曲されている」と本人が解説する「すべては薄明のなかで」です。

 武満集になっていればよかったのですが、ギリシャ生まれのテオドラキス、「アルハンブラの思い出」で有名なタルレガ、英国のマクスウェル・デイヴィスの小品が添えられています。デッカもデビュー作ということで、様子見的な選曲になっている疑いが少し頭をもたげます。

 私は武満徹のギター作品が大好きです。ポピュラーな名曲でも現代音楽的な編曲を施しているので、決して甘ったるくない。むしろ、メロディーを熟知している分、弦の音に集中して聴けて嬉しいです。本当に村治佳織の凛としたギターにぴったりです。

 2曲でデュエットしているのはスティングとともに活動していたドミニック・ミラーです。その縁もあるのか、ボートラではスティングの曲が2曲収録されています。やはり相当雰囲気が違います。どうしてもクラシックとロックの差を感じてしまいます。ボートラでよかった。

 デッカでの録音は擦過音が少ない気がします。よりまろやかなサウンドにもなっており、きっぷのいい江戸前ギターから、懐の深いギターに変化してきているようです。まだ若いですが、円熟に向かいつつある佳織さんのギターを楽しめる名刺代わりの一枚になりました。

Transformation / Kaori Muraji (2004 Decca)